ベースボール・ラプソディ No.58

水無月密 2011-07-18投稿
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 八雲達が参戦する地区予選のメイン球場は、四半世紀ほど前に建設された、こぢんまりとした球場である。

 球場自体には然ほど特徴はなく、年に一度プロ野球の試合が行われる程度の、何処にでもある地方球場であった。


 だが、その遊歩道の桜並木には人の心を引き付ける美しさがあり、無機質な建造物に彩りと安らぎを与えていた。

 薄紅色の花が咲き誇る季節には見る者を魅了し、桜の名所として人々に愛されていた。


 日差しの強くなったこの時節にはさすがにひとひらの花びらも残ってはいなかったが、生命の営みを引き継いだ枝葉達が風に揺れるたび新緑に輝き、初夏のおとずれをつげる一つの風物詩となっていた。


 その木漏れ日の下を凱旋する橘華ナイン。
 仲間達の笑顔にかこまれる八雲は、充足感を得ていた。

 前年に掛け替えない存在であった弟の小次郎を失った時、幼き日のような感動はもう野球では得られないだろうと、八雲は覚悟していた。

 だが、その心の虚無感を仲間達が満たしていってくれた。
 その事に八雲は深く感謝し、この仲間達のために力尽きるまで投げぬこうと決意していた。


 この時が永遠に終わらねばいいと、八雲は願っていた。
 だが、夏の終りが間近に迫っている事を、彼は現実として感じとっていた。



 その八雲の想いを余所に、共に歩く哲哉は次の聖覧戦へと想いを馳せていた。

 苦戦を覚悟していた鈴工との試合に完勝したことで、彼の中で聖覧にたいする勝機が微かなものでは無くなっていたのだ。




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