その計画で、ラドラスは前線にはいなかった。
今、彼が走り出した治安部隊を追えば、確実に彼らを仕留めることができるだろう。人数が多いせいで何人かは取り逃がすかもしれないが、司令塔であるハントや、ハントと交渉したであろうジーナを潰せば、頭を失った連中は烏合の衆に過ぎなくなる。
(だが、まだ終わらせるには惜しいからな)
ラドラスはどんどん楽しくなってくる気分を抑えられず、ついに鼻唄まで歌い出した。腰に差した剣の柄をもてあそび、大股で灰色の通路を歩いていく。
ラドラスは地下へ向かっていた。そこにも治安部隊の誰かが駆け付けているはずだから、これは職務放棄ではない。あとは勝手に指示を仰ぎに来るであろう囚人連中に、好きなように暴れてハント達が脱出するのを阻止するよう、命を下すのみである。
「さあーて、期待通りに動くか、はたまた見事に裏切ってくれるか」
ラドラスは頭の後ろで腕を組みながら、どこまでも呑気に地下へと身を沈めた。
* * *
スクルの城跡には、緊迫した空気が立ち込めていた。
正確には、以前謁見室の役割を果たしていた<協調の間>において、である。
壁も天井も崩れ落ち、もはや部屋の体裁さえなしていないが、そこはかなり広い空間を保っていた。周囲を茂みのように囲む瓦礫は、どれも素晴らしい彫刻が施された一級品であり、その残骸は余計に虚無感を現にしている。ぽっかりと顔を出した青空では太陽が天頂に陣取り、目下で行われている無言のせめぎ合いを、ただ冷徹に照らしていた。
槍を持った兵達はごくりと喉を鳴らし、構えた槍が少しも下がることのないよう、精一杯肩を強張らせている。まるで皆で手を繋ぐように輪になった円の中央には、小さな緑髪の子供――ミルバが、まったく無防備な様子で佇んでいた。
「……やあ、来たね」
不意にミルバは顎を高く上げると、子供らしからぬ妖艶な笑みを浮かべて一点を見つめた。兵がざわざわと騒ぎ、人の気配に背後を振り返ると、そこには腰まで届く長い小麦色の髪をなびかせた覇王が立っていた。
覇王は笑っていた。残虐な光を隠しもしない青い瞳が、すう、と細まり、ミルバを見つめる。
「覇王様!」
「よかった……これで最早ミルバに勝ち目はない……!」
兵達の安心感のこもったどよめきを、覇王は煩いこばえを払うように一掃した。