家全体が震えるような轟音が戒の耳を突き抜けた。
音のした方に目を向けるとにわかには信じられない光景がそこにあった。
葵が男の頭を掴みをめり込まむように顔面を壁に叩きつけていた。
感情を出さない葵がむき出しの怒りを露にした姿だった。
「あなたは…戒を…傷つけた!許せない…。」
葵の男の頭を掴む力より一層強くなり、ミシミシいうと音が鳴り響く。
しかし、男の両腕はそれに抗うことなく力なくだらんとしていた。
戒は自分のためにそこまで怒っている葵が意外だった。
あの事件以来、戒を避けるように行動していた。
戒が話し掛けても基本的に返事はなくどこかに行く。
この前戒に話し掛けてきたのが異常なことと言っていい程である。
戒はもう葵に嫌われていると思っていた。
だから今の葵は意外だった。
しかし、このまま放って置けば葵は男を殺してしまうかもしれない。(もっとも、もう死んでいる可能性もあるが…)
いくら相手が異常な殺人犯だからと言って殺してしまっていいはずがない。
ましてや、葵が人を殺すとこなど見たくない。
しかし、戒の身体はもう動かず、その上意識は途切れ途切れ。
それでも戒は叫んだ。
残った力を振り絞って。
「葵…止めろ!!」
戒の声に反応したのか葵の男を掴む力は弱まり、ミシミシという音が止まった。
そのことに安心したのか、戒の意識をつないでいた緊張はとけた。
「よかった…。お前が人を殺すとこなんて見たくないから…。」
戒はそう言ってそのまま意識を失った。
「戒にぃぃ!!」
妹の明の悲痛に叫ぶ声家の居間にこだました。