対話で時を延ばし、さらに挑発で怒らせることでじわじわとなぶり殺されることが狙いだったのに、覇王はそれさえ許してはくれないらしい。
「この時が来るのを、一体どれだけ待ちわびたことか」
覇王は噛み締めるように呟くと、恍惚とした顔でミルバを凝視した。ミルバでさえ恐怖を感じるような、狂人の笑みだった。
「ようやく計画が達成する。そうなれば生かしておいたお前の分身にも用はない。城へ帰ったら即座に始末することにしよう」
純粋な殺意のみをこめた目、圧倒的な力の差に、ミルバは身がすくんだ。だが、びっしりと汗の浮いた額をすっと拭うと同時に、嫌な音を立てて騒ぐ心臓をなんとか宥める。
覇王の演出にはまってはいけない。絶望を植え付け、反抗心を失わせることこそ、彼の真の狙いだろうから。
(大丈夫だ……先に美香たちが辿り着けば、城の私は解放される。すぐに負けることは絶対にありえない)
『頭』の機能を持つミルバには、まだそれなりの力が残されている。だからこそ、何かの時のためにと覇王が生かしておいたのであり、また厳重に城へ拘束しているのだ。
ミルバは、抜刀した。
おもちゃのような短い剣は、しかし的確な動きを伴うことにより、すぐに心臓を貫ける針のように鋭い切っ先を持っている。
ここで勝つことはできない。ならば、少しでも長い時間生き残る。
それだけを一条の光として信念に持ち、ミルバは高い覇気の声を上げて覇王へ打ちかかった。
* * *
美香と耕太は、正面から堂々とコルニア城の門扉をくぐった。その際、門番や城兵に気づかれることはまったくもってなかった。
「私たちは覇王様へ報告に赴くわ」
「では、私は舞子様の元へ」
「じゃあ、私たちは城の巡回を。ひょっとしたらもう、侵入者が中にいるかもしれないもの」
城門をくぐり、荘厳な正面扉から中へ入ると、高い柱が天井を支える大ホールが開ける。そこに集った白の乙女たちは、とりあえずその場にいる者のみで軽く役割を分担した。
次々に役目を拾っていく彼女らの中で、最後の発言をしたのは美香である。
耕太は白の乙女たちに平然と混じる美香の度胸に、内心舌を巻いていた。しかし、今はむしろその大胆さが必要な時である。
二人の姿は、もはや小学六年生の少年少女のものではなかった。