美香は一呼吸置くと、手近にあるドアノブを思い切り引っ張った。ドアはすんなりと開いて、部屋の中から小さく男の悲鳴が上がる。
「ヒッ!……あ、白の乙女様、どうして……」
中にいたのは侍従のようだった。燕尾服に似た黒いスーツに身を包み、上品に白髪を整え、丸眼鏡をかけた老人である。
(舞子好みじゃないから、たぶんミルバの城に元からいた人ね……)
ミルバから聞いた話によると、スクルの城にいた臣下と兵で、舞子来襲の際に生き残った者は、そのままコルニア城に引き取られたという。その数はそれほど多くはないらしいが、姉として舞子の好みの傾向を把握している美香は、一瞬にしてそんな判断を下した。
呆然とする老人に怪しまれないよう、美香はできるだけ高圧的に言った。
「舞子様を脅かす輩が、コルニア城内に侵入したらしいの。見つからないのは、誰かの部屋に隠れているからに違いないわ。通常の勤務はいいから、城に仕える者全員で、片っ端から部屋を洗ってちょうだい」
「ハ、ハァ……。なぜ侍従長ではなく、私に直接命令を……?」
控え目ながらも訝しむ執事に、美香はぎくりとしたが、あえてさらに態度を大きくして老人を怒鳴りつけた。
「部屋が近かったからよ!それだけ緊急を要するの!そう思うなら、さっさと侍従長に伝えに行きなさい!」
「は、はい!」
老人は深々と頭を下げると、これ以上舞子の想像物を怒らせないため、脱兎のごとく自室から飛び出していった。美香はその後を追うように廊下に出ると、普段より幾分高くなっている白の乙女の声で歩きながら触れ回った。
「皆、自室から出なさい!侵入者を捕まえて!部屋に篭る者は、侵入者が化けた姿だとみなすわよ!」
効果はてきめんだった。美香自身、こんな嘘っぱち――美香がまさにその侵入者なのだから――を大声で叫ぶのはけっこう恥ずかしかったが、そんなことなど気にならなくなるくらい、バタンバタンと小気味いいようにドアが開いて、部屋から侍女やら侍従やらがわらわらと飛び出してきた。どうやら一階のほとんどは、彼らの自室であるらしい。
美香はさらに一階中を走り回って、大きなスペースを取っている大食堂や、なぜかある卓球台などを備えた遊戯場、兵の武器庫などを発見した。しかしやはりというべきか、一階に隠された部屋はないらしい。
ここには、ミルバはいない。