美香は階段の手摺りを掴みながら、微かに唇を噛んだ。
(うまく行き過ぎてる。……いいえ、ミルバは見つかっていないから、まだそうともいえないけど。でも、どうしてこんなにスムーズに進めるのかしら?)
舞子には覇王がついているはずだ。それなのに、この警備の薄さは異常である。城に侵入されるなど、想像さえしていない傲慢な心が、警備を甘くしたとでもいうのだろうか――?
「着いた。七階だ」
耕太の少し弾んだ声に、美香はようやく意識を浮上させた。
「たぶんあいつ……この階にいるぜ」
「え?」
耕太の横顔は真剣で、黒い瞳は、階段の踊り場から真っすぐに伸びる廊下の先にある、大きな両開きの扉に釘付けになっている。
「何となくだけど。あそこ、怪しくねえか?」
「さあ……。行ってみないとわからないけど」
確信めいた耕太の台詞に、美香は少し戸惑った。しかし堂々と先導するように前を歩き出した耕太に、ぎょっとして追い縋る。
「ちょっと!その姿で歩き回るのはまずいわよ!」
「平気だって。それに、ミルバさえ助けちまえば、こっちのもんだろ。お前の変身だってそろそろ解ける頃だろうし」
美香がぐっと言葉に詰まったその時、両開きの扉の前に左右に伸びている廊下の左角から、ス、と細い人影がまろび出た。
美香と耕太は廊下の中程で立ち止まり、驚きが伝わらぬよう、小さく息を呑む。
「下の騒ぎはあなたたちの仕業?」
それは白の乙女たちの中でもリーダー各の女――ソラだった。腕を組み、長い足で仁王立ちしたまま、こちらを鋭い眼差しで睨みつけている。
(……ダメだ。ばれてるわ)
美香はごくりと唾を呑んだ。当然ではあるが。耕太と仲良く連れ立って歩いているのを見られた段階で、もうアウトといっていいだろう。
美香は目算で互いの距離を計った。ざっと十メートルほど。これなら、まだ逃げるチャンスも攻撃に備えるチャンスも十分にあるはずだ。
しかし予想に反してソラは、ゆったりと壁にもたれかかり、面白そうに口端を歪めただけだった。そこには獲物を追い詰めた喜びも、切羽詰まった様子も感じられない。
「私たちに化けるとは、考えたわね。でも残念。六階より上は一般の城兵や臣下は立入禁止なの。下でどれだけ騒ぎが広まろうと、上の階には何の支障もきたさないわ。つまり、あなたたちを捕まえるのに、何の障害もないというわけ」