やけに親切に説明され、美香は怪訝に思い眉を潜めた。何より、そう言いながらちっとも向かって来ようとしないソラの意図がはかれず、違和感が不安と同時にゆっくりと全身を包んでいく。
その時、背後の階段の方で微かに靴音が鳴った。
「!」
耕太は突然走り出した。美香は一瞬遅れるものの、慌ててその後を追う。
何をするの、と問い掛ける前に、耕太は走りながらポケットの中から二本の小枝を取り出し、両手にそれぞれ一本ずつ握り締めていた。
「っらあ!」
閃くように耕太が左の枝を斬り払う。その時枝はすでに大振りの剣に変じており、そこから音を立てて炎が弾け、髪が焦げるような熱波を伴い、鞭のようにしなりながらソラの元へと伸びていった。
「くっ!」
ソラは両腕で顔を庇いながら左へ飛んだ。標的を外した火は扉にぶち当たり、ボッと勢いよく広がる。
ソラがそちらに気を取られた一瞬。彼女の眼前に迫った耕太は、剣の柄で鳩尾に重い一撃を見舞った。
「がはっ…!」
ソラは衝撃に目を見張り、身をくの字にして痛みに床をのたうち回る。あっという間の出来事に、美香は放心したまま肩で息をつく耕太の後ろ姿を見ていた。
迷いなく戦いに臨む耕太が、まるで別人のように見えた。
「美香、早く!奴らが来てる!」
「!」
美香はその言葉と同時に背中側を包囲するように広がった複数の人間の気配に気づき、反射的に身を屈めて走り出した。ふ、と視界がぶれるような感覚を覚え、急に床が近くなる。ついに美香の姿を変えていた想像の力が尽きたのだろう。美香は元の十二歳の少女の姿に戻り、その頭上を後ろから飛んできた粉塵が突き抜けた。身長が縮んだお陰で、敵の攻撃を免れたようだ。走りながら振り返ると、そこには五人ほどの白の乙女たちが失敗に顔を歪め、美香を追ってきていた。
(やっぱり罠だったんだわ!待ち伏せされてたなんて……)
美香は気づけなかった不甲斐なさに歯を食いしばり、同時に心の中で耕太に感謝した。一瞬の間に下したあの判断が、二人の命運を分けたのだ。
耕太は力任せに扉を蹴りつけ、開かないと分かると、力一杯剣を突き刺し、木製のドアを壊し始めた。先程広がった火はいつの間にか消えており、表面にわずかな焦げ跡を残すのみである。他の部屋と違い守られた部屋は、やはり特別な何かを隠しているに違いない。