『五感に頼らず、オーヴで相手の気配を察知する戦術に切り替えたか。
オーヴの存在が五感の延長線上にある事に、気づいていたようだな。
…正しい判断ではあるが、それでもあの男の動きはとめられまい」
冷静に状況を見据えるノアは、段蔵の身体能力の秘密に見当がついていた。
それ故に、この男の動きに常人がついていけないことを理解していた。
半次郎が即座に戦術を切り替えたことで、段蔵の闘争本能はさらにかきたてられていた。
武田信玄の子として生をうけ、上杉謙信の下で成長したこの青年は、その数奇な運命のなかで類い稀なる戦闘才能を身につけていたのだ。
『本当に面白い小僧だ、十年もすればやり合うのに不足は無くなっているだろうよ。
今は己の未熟さを噛み締め、その時まで修業に励むがいい』
そして、段蔵の攻撃が再び始まる。
すれ違いざまに半次郎へ拳をあてる、段蔵の攻撃はただそれだけであった。
だがその動きは余りにも速く、視覚ではとらえることはできない。
そのため、攻撃される度に上体を弾かれる半次郎の姿は、さながら一人で舞っているかのようであった。
為されるがままに攻撃をうける半次郎。
オーヴを全面にだした事で、視覚ではとらえられなかった段蔵の動きが微かに感じられるようになってはいた。
だが、肝心の身体が反応してくれない。
『駄目だ、身体が思うように動いてくれない』
片膝をつく半次郎は、今更ながらに段蔵との実力差を感じていた。
『……だが、ここであの二人が闘うことになれば、すべての希望が閉ざされてしまう。
思い出せ、あの方が自身を犠牲にしてまで私を護ってくれた、あの時の動きを』
半次郎の脳裏に、幼き日の記憶が鮮明に呼び起こされる。
数奇な運命の始まりとなった、あの夜の光景が。