今にも雨が降り出しそうな夕暮れ時
椿屋かおりは青ざめた顔でバス停に立ち尽くしていた。
ない。
ひみつノートを紛失した。
友達が少ない彼女にとってそのノートは大事な物だった。というのは、そこに彼女の大事な「友達」がいるからだ。お世辞にも上手とは言えない絵として存在する「架空の」友達。
確かに学校からバスに乗るまでの間はバッグに入っていた。バスに乗る直前に取り出して眺めたのがいけなかった。かおりは激しく後悔した。バス停、道端、ありとあらゆる所を隈なく探したし、人にも聞きまくった。が、どこにも見つからなかった。名前さえ書いていない。
(仕方ないよね…諦めよう…)
他のノートに架空の友達をそのまままた書き直すほどかおりに絵心も記憶もなかったので余計悲しくなった。友達の陰が走馬灯のように巡る。さようなら男爵、ソルト、それから…
浮かない顔でかおりは歩道橋の階段を上り始めた。夕方なので車の通りが激しくなり、かおりの心情とは対照的に騒がしくクラクションが響く。
階段を上りきったとき、「もし、そこのお嬢さん」と声をかけられた。立ちはだかる人影が目に入り、かおりは顔をあげた。
驚愕するほかなかった。
なぜなら声をかけたその人こそ
「あなたが落としたのはどっちのノートでしょうか」
失われた架空の友達、ハシモト君だったのだから。