薄暗い空間。
生暖かい風。
その風に混ざっている匂い。
リアの知る、恐怖。
過去の記憶が甦る。
「…さま……お嬢様!」
ゼイルの声に闇から引き戻された。
「…ゼ……ル?」
「大丈夫ですか?」
「…うん……。…もう平気よ。」
平気とか言いながら声が震えている。
手も冷たい。
「またあの夢ですか?ですから、ここに来るのはお止めくださいと何度も申し上げておりましたのに。」
困ったような声色と共に優しい手がリアの頬を包み込んだ。
「ごめんなさい。」
「お嬢様が無事ならそれで良いのです。戻りましょう。」
「…うん……。」
ゼイルは途中で他の使用人に呼ばれ行ってしまった。
『すぐに終わらせますので、部屋に戻ってお待ちください。』
だいぶ急いでいた。
『いいですか?部屋に戻るんですよ、部屋に!』
だいぶ念を押された。
「分かってるわよ。部屋に戻ればいいんでしょ。部屋に戻れば。」
なんて言いながらある部屋の前を通り過ぎようとしたとき。
「リア?」
「あら、貴女があのリアさん?」
知らない女性がレクスの隣に立っていた。
「ああ、突然すみませんでした。レクスの姉のレイ・アスペルトです。」
緩く巻いた栗色の髪は肘辺りまであり、瞳は綺麗で澄んだ鳶色。
大人っぽさが出ている。
レクスとは似ていないような。
「…レイ・アスペルト様……。」
「あっ!様は止めて!何かムズムズするから。」
レイは纏っているオーラを瞬時に変えて話す。
リアは正直すごいと思った。
でも……。
「いや、流石に年上の方は……。」
「ふぅん。躾が行き届いているのね。決めた。いいわよ。私は賛成。」
レイは今まで黙りっぱなしだったレクスに軽く目線をやった。
レクスは目を伏せ、押し黙ったまま。
「ねえ、どこか行かない?三人で。」
「…あ……。」
躊躇った。
ゼイルの言葉が脳裏にしっかりあったから。
『いいですか?部屋に戻るんですよ。』
迷った。
「あの、すみません。せっかくのお誘いなのですが……。」
そこまで言ったら別の言葉に止められる。
『リア、立場を弁えなさい。』
どうすればいいのか、良かったのか迷う。
「じゃあ、君の部屋に行こっか。」
後ろからの突然の助けと温もりに安堵する。
レクスの手はやっぱり暖かかった。