ドックン、ドックンと戒の心臓の鼓動は大きくなる。
彼女のこの感じからして確実に池見たちのことを知らない。
そして知れば池見たちもろとも『管理』されるだろう。
しかし、話さなければ彼女に何されるかわからない。
最悪死さえありえる。
壁に刺さったナイフがそれを物語っていた。
戒はまたごくりと唾を飲んだ。
「いえ、ほんとによくわからないんです。」
まだここで魔法を諦めるわけにはいかない。
そして池見たちの魔法も諦めさせるわけにはいかない。
諦めることはもうしないと決めた。
止まった時はもう動き出したのだから。
「そう。それは残念ね。」
戒の返答を聞いて女性は驚いたように目を見開いたが、すぐにまた笑顔を作りそう言った。
彼女からは殺気がなくなっていた。
諦めてくれたのかという考えが戒の頭を一瞬よぎったがそれは甘い考えだと首を振る。
殺気を放たなくなったのは、もう威嚇する必要がないから。
つまり、始末するつもりである。
「どうしたの、戒くん。凄い汗。拭いてあげるわ。」
女性はハンカチを取出しそれを戒の顔に近付ける。
このまま殺されるかもしれない。
そう思い、戒は身構えた。
「隊長。」
その呼び声とともに女性の手は止まる。
葵が女性の腕を掴んでいた。
「あら。貴女から声をかけるなんて珍しいわね。」
女性は葵のほうを見る。
邪魔をするなといった目で。
しかし、葵はそれに怯む様子は無かった。
「小野寺戒を…監視します。」
「はあ、何言って…」
「私が…戒の魔法を…管理します。」
そう言って葵は女性の目を見た。
真剣な目付きで。
とても長い時間が流れた。
いや、実際はほんの数秒間なのだが、戒にはそれがとても長く感じられた。
はあっと女性は大きなため息をついた。
「わかった、葵。彼のことは貴方に任せるわ。」
女性は諦めたようにそう言った。
「隊長…。」
「だから、そろそろ手放してもらえる?」
葵は慌てて女性の腕を放した。
掴んでいたところが赤くなっていた。
「ごめんなさいね、戒くん。私仕事の事になるとどうしても見境つかなくて。恐い思いさせたわね。」
そういって謝る女性からは先ほどの恐怖は感じられず最初の優しい女性といった感じだった。
謝るなか女性は何かに気付いたようにはっと手を口に当てた。
「そういえば戒くん、自己紹介まだだったわね。」
ほんとに今更な気がしたが戒は突っ込む気にはならなかった。
「私は葵の上司。名前は神崎 瞳(かんざき ひとみ)よ。よろしくね。」
「小野寺戒です。」
とりあえず今すぐには殺されなさそうだった。