その少女は強い陽射し避けるように、木陰の中にそっと身を寄せていた。
時折吹く南風が少女の白い衣服を揺らし、木漏れ日を反射してその存在を風景の中で特別なものにしていた。
少女がもつ独特な雰囲気に、橘華ナインのほとんどが夢の中に迷い込んだような、幻想的な錯覚をうけていた。
「あれっ、藤咲じゃねぇか、久しぶりだなぁ」
その存在に気づいた八雲が声をかけると、少女はそれを待っていたかのように微笑んだ。
仲間達が少女に意識を奪われる中、大澤は哲哉の異変に気づき、我が目を疑っていた。
試合以外では常に温厚で、おおよそ争い事から縁遠い哲哉が少女に対し険相をむけていたのだ。
「……知り合いか?」
大澤の問い掛けに、哲哉は表情を変えることなく淡々とこたえた。
「……名前は藤咲綾乃。
以前話した、八雲をふった女ですよ」
大澤は少女に視線をうつした。
彼女からは特に悪意は感じられず、また八雲もただ再会を懐かしんでいるようにみえた。
だが、哲哉がこの状況を好ましく思っていないのは明らかだった。
「真壁、先に学校へ戻ってるぞ」
「すみません、すぐに後を追います」
八雲が軽く頭を下げると、大澤は哲哉をふくめた仲間達をうながしてその場を後にした。
しばしその姿を見送ると、八雲は綾乃に屈託のない笑顔をむけた。
「久しぶりっていっても、中学卒業してからまだ半年もたってないか。
で、何してんだこんなとこで?」
問われた綾乃は愁眉を残したまま微笑んだ。
「……三回戦進出おめでとう」
「ありゃ、もしかして俺達の試合観にきてくれてたのか?」
綾乃が小さくうなずくと、八雲は満面の笑みをうかべた。
「同じ中学だったよしみで応援にきてくれたんだな、感謝するよ」
八雲が謝意を言葉にすると、綾乃は寂しげに微笑んだ。
「……なんか雰囲気が変わったな」
綾乃の表情が何処かさえないことを気にかけて、八雲が問いかけた。
「……そうかな?」
「中学の頃はもっと笑ってた気がするな。
よくもまあ、あんなに無警戒で笑えるものだと、あの頃は不思議に思ったもんさ」
八雲の記憶の中の綾乃は、向日葵のような笑顔が印象的だった。