ドアをすり抜けて中へ入ると、家の中は薄暗く、以前よりもちらかってるような印象を受けた。
母は今日も働きに出てるようで、人の気配は無い。コウはまず二階の自分の部屋へと入った。部屋はあの時のままだ。しかし壁に貼ってあった写真が消えている。先月撮ったあの写真だ。どこへ消えたのか…友達が貰っていったのだろうか。
疑問を残したまま、次にコウは下の階へと降り、階段脇の台所へと入った。相変わらず料理をしたような形跡は無く、コンロに少し埃が溜っている。
ふとテーブルの上を見ると、ある物が置いてあった。
コウは目を疑った。
カップ麺の、シーフード味。
そして、その隣には部屋にあったはずの自分の写真。
…何度言わせるんだよ。シーフード味は嫌いだって言ったじゃないか。
……バカだなぁ、母さん……。
コウは再び街中へと歩いて行った。目を閉じて、耳をよくすましてみる。
聞こえるのは、“声”。
「早く帰って、お父さんにカレー作ってあげようね。」
「おばあちゃん、そこに立っていると危ないですよ。」
「本当に?超嬉しい!!」
「だーいすき!」
「ありがとう。」
コウは目を開けた。
それと同時に、前方からある人が歩いて来るのが見えた。
…あのヤブ医者だ。
車椅子に初老の女性を乗せて引いている。
「ママ、久しぶりの街はどう?」
「ちょっと人が多すぎるわねぇ。」
「大丈夫?疲れたならどこかで休もうか。無理は禁物だよ。」
「大丈夫よ、ありがとう。」
「…ママ…僕ね、医師として自信を無くしたよ…」
「…この前言ってた、能腫瘍の子ね?確かに助けられない患者だったけど貴方はその子に何もしてあげれ無かった…。一人の命は重くてかけがえのないものよ。その子も貴方を恨んで亡くなったかもしれない。今の貴方に出来るのは亡くした一人子の為に祈り、大勢の人の命の為に努めることよ。そうして人の命は繋がれていくの。」
丸い月と、都会の電光で霞んでしまってはいるが、かすかに見える星。
「……流れ星だ。」
コウは流れ星を見た。同時に、コウの目から流れ星のように涙が線を描いて流れた。
その時、コウは覚悟を決めた。