あの夜と同じ、渇ききった空気に、何の温もりも感じさせない、殺戮者の気配。
「私が殺し損ねた生き残りか」
ミルバは物騒な声色で呟くと、脇で棒のように突っ立っている美香と耕太に、ぴしりと鞭打つように指示を出した。
「美香、鎖を断ち切り易いように両手で押さえろ!その時、鎖よ外れろと念じることを忘れるな!耕太はその剣で思い切り鎖を切れ!右手、右足、左手、左足の順にだ!」
眠りから叩き起こされたかのように覚醒した二人は、慌ててミルバの言葉に従った。美香は本を蹴飛ばしながらミルバの右側に回り、耕太はその傍に立って勢いよく剣を振り上げる。
夜羽部隊は、やはり一言も言葉を発しなかった。その代わりに床を蹴り、氷の彫像を粉砕しながら、部屋の中の三人に猛烈な勢いで肉薄する。
美香はミルバの右手を縛る鎖の端に手を置いた。固く目を閉じると、鎖よ外れろと、まじないのように口の中で何度も繰り返し呟く。耕太は振り上げた剣を、美香とミルバに当たらないよう位置を定め、勢いよく振り下ろした。
スパン、と小気味よい音を立てて鎖が切れるのと、夜羽部隊の一人目が部屋に侵入するのが同時だった。
女は跳躍し、ミルバの目前に迫った。空間を叩き割るようにミルバの首元に手刀を突き入れる。それを自由になった右手で受け止めたミルバは、女の手首を捻るようにして捉え、考えられない腕力で女の身体を持ち上げると、向かいの壁に叩きつけた。
「早く右足をっ!」
怒鳴るミルバの背後に二人目の隊員が迫り、抜き放たれた短剣がぎらりと光を伴ってミルバの背中目掛けて振り下ろされる。
「ミルバ!」
恐怖がぞわりと背筋を這う。髪を振り乱して叫ぶ美香の脇で、耕太の刃がまた、小気味よい音を放った。
間一髪だった。ミルバは右足を解き放たれるやいなや身を捻ると、遠心力を糧に鎖で女の鳩尾に重い打撃を叩き込んだ。
しかし。
がはっと唾を吐く女がスローモーションで倒れていく最中、その背後に潜んでいた最後の一人が容赦なく長剣を横に斬り払い、ミルバの首を断ち切った。
……………………………
「!」
美香はハッと瞬きした。
自分が先程とは違う位置に立っていることに気づく。それは美香が部屋に入ってきたばかりの時と同じ位置で、考えるより先に、ミルバが何をしたのか、頭が勝手に理解した。
また、時間を戻したのだ。