「……鎖を、切れ」
机に腰掛けたまま、こちらを見上げるミルバの額にはびっしりと汗が浮いていて、先程の状況がいかに危険であったかを物語っていた。淀んだ疲労の色をその瞳の中に捉えた途端、美香は弾けるように走り出し、右手の鎖を引っつかむ。耕太も当然駆け寄り、夜羽部隊の存在に目を向けることさえなく、ひたすら淡々と同じ作業を繰り返して、鎖を断ち切り続けた――。
「……今度はうまくいったな」
ミルバは何でもないように言い放つと、軽やかに机から飛び下りた。
美香と耕太は返事もできないまま、肩でハアハアと息をつく。三人の周囲には三つの黒い塊が、本に埋もれるようにして倒れ伏していた。すべて、ミルバに倒された夜羽部隊の女たちだ。
どの女も昏倒させられただけで、命までは奪われていない。美香と耕太の目の前ということもあり、気を遣ったのかと思われたが、すぐに違うことを知った。夜羽部隊の心臓まで貫き通す刀を、拘束されていたミルバが持ち合わせていなかっただけの話だ。
「耕太、この者たちにとどめをさせ」
冷え切った口調で言い放つミルバに、耕太はぴくりと眉を潜めた。無言のまま女達の脇に立つと、右手の剣を軽く動かすことで氷の息吹を降らせる。
女たちの身体をレースのカーテンのように霜が覆っていき、やがては白の乙女たち同様、カチコチに凍りついた。
ミルバは、歯向かうように挑戦的な目で睨んでくる耕太に対し、チラとだけ視線を向け、呟いた。
「――甘いな。小説の登場人物ならば、真っ先に殺される役回りだ」
「どうしてそんなに殺すことにこだわるんだよ?」
耕太はギリリと歯を食いしばった。その声のはらむものに、美香はぴくりと肩を揺らしたが、加勢することもできず、顔を背ける。
「そりゃ、この間の夜の時は仕方ないと思ったさ。ああしなきゃ俺達は殺されてたし、助けてくれたミルバには感謝してる。でも今回はっ……」
「今回は、前回の時とどう違うというんだ?」
静かに遮るミルバに、耕太はとっさに答えることができなかった。つい先程、時間を戻す直前、殺されかけていたミルバの姿が脳裏に閃く。
やらなきゃ、やられる――。その言葉が浮かんだ途端、ミルバの意図を汲みかけるが、慌てて自分の意見の方に意識を集中させた。
ここで譲ったら、この先もミルバは同じように行動するだろう。
当然、舞子のことも――。