以前なら迷いなく舞子のために心を決めていたため、余計に違和感が拭えなかったのだろう。
(もうすぐそこまで来ているのよ。今こそ、しっかりと心を固めるべきだわ)
舞子を助ける。それだけのために、これまで長い道程を歩いてきたのだから。
「ありがとう」
久しぶりに笑った美香の頬は強張っていたが、耕太は照れたように頭の後ろで腕を組むと、どんどん先を急ぐミルバの背中に追いつこうと走り出した。
三人はコルニア城内を駆けた。ミルバがあまりにすいすいといくつもある廊下を抜け、階段を登るので、美香はまったく道を覚えることができなかった。帰り道はどうすれぱいいんだろう……。少し心配になったが、それはミルバがやられるという前提の元に成立する心配であることに気づいた。しかしその前提は、あながち間違いではないのかもしれない。
(百回以上も時間を戻して、それでも舞子に届かなかったのに、今度は達成できるとどうして言い切れるかしら?)
美香は急に悟った。ミルバも必死なのだ――。
九階に辿り着いた。廊下を走ってすぐのところにある、今まで見たこともないような巨大な白木の大扉を見上げ、美香は見開いた目で瞬きを繰り返す。
「ここは舞子専用に作られた大広間だ。大広間を突っ切った先にある階段からしか、舞子のいる私室には行けない」
ミルバは二人を鋭く見渡すと、荒い息を整えるまで待ち、それから扉の金色のノブに手をかけた。
「美香、君が先頭に立って階段を登るんだ。舞子を怯ませるには、君の存在を全面に押し出すしか方法はないからね」
「囮ってことかよ?」
耕太はこめかみの汗を乱暴に拭いながら吐き捨てと、ミルバは首を横に振った。
「誰も舞子に会ってすぐ殺すなどと言っていないだろう?美香がまず説得を試み、それでダメなら私が介入する。しかしそれには時間が必要だ。舞子はまだほんの子供だ。見た目だけは、私が三年時間を進めたから、君達と同じ年くらいに見えるけどね。実の姉に危害を加えるようなことはできないだろうから、美香に先へ行ってもらおうと言っているんだ」
「そっか……。そういや、こっちでは三年進んでるんだっけか」
耕太は思い出したように頭をかき、美香はドキドキしてきた心臓を宥めようと大きく息を吸い込んだ。
そうだ。舞子はもう、以前の舞子の姿ではない。