あら
「分かった?ちょっと古いけど、今の貴方にはちょうどいいでしょ。」
婦人は遠くを見るように、一つ息をはく。
何故だか
「少し前から貴方のことが気になって仕様がなくて、貴方の力になれる様なものを探していたら、」
この眼鏡箱が転がり落ちてきたらしい。
婦人はなんとなくそれを修理しておいた。
といっても
「壊れたレンズを取り替えて縁の細工を少し直してもらっただけだけど。」
男は、その眼鏡をよく知っていた。この物腰の柔らかい婦人の亡き夫がかけていた物であった。
懐かしい
「ですね。征一朗さん、よくかけていらっしゃった。」
そう
「ね。それ、貰って頂戴ね。あの人の恐い顔でもあれだけ優しく見えるんですもの、これさえかけてれば、大丈夫よ。」
婦人の言葉通りだった。眼鏡をかけた男はそれまでの冷たい感じは消え、優しい好青年に変わった。
有難う
「ございます、本当に。朱鷺子さんには、お世話になりっぱなしですね。」
婦人は陽気に笑う。男もつられて笑おうとしたが、すぐに崩した。婦人はそれを抑える様に再び立ち上がって、今度は台所の方から大きな皿を持ってきた。
皿には大粒の栗程の桃饅が所せましと並んでいる。
これも
「いるでしょう?貴方が来る気がして作っておいたの。」
男が驚くより早く、懐から小さな光の粒が飛び出し、皿の上の桃饅にとびついた。