蝋燭の火?

けん  2006-09-15投稿
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深夜一時過ぎ頃、帯びた酒気もそのままに、五郎は吹田にある自宅へと帰り着いた。足取りはおぼつかないが、誰もいない部屋に帰るには、この程度酔っているほうがいつも都合がよかった。こぢんまりとしたアパートの、1Kの床に五郎は大きく寝そべった。最低限の家具が置かれただけの、殺風景な部屋であった。
伸び縮みする意識の片隅で、昼間の毅の話を思い返す。確かに人生というものは短い。それは大体理解できる。事実、これまでの人生は矢のごとく過ぎ去ったかのように思える。しかし、これまでの無限の喜怒哀楽、または積み上げてきた無駄な時間のあれこれを勘定すると、それはこれまでの膨大な人生の中にあったのだとも思える。いずれにせよ、五郎にはこの議題に関しては確固たる答えは出せなかった。あるいは人生という形而上学的テーマについて考えるには、あまりに酒が効きすぎていたのかもしれない。五郎はろくに着替えもせずに、そのまま泥のような眠りに沈んでいった。

 「これがおじちゃんの蝋燭だよ」
 五郎は不意に誰かの声を耳にして、思わず飛び起きた。辺りには薄暗い空間が広がり、うっすらと無数の赤い光がゆらめいている。その不可思議な光景にはどこかぬくもりがあり、光の正体が蝋燭の火であることに気付いたのは、声の主が幼い子供であると認識した後であった。夢とも現とも判断できないこの場所に、五郎は事のなりゆきを待つほかなかった。
「ずいぶん短いよ。これだと…そうだね、あと3日ってとこかな」
 子供はあどけない様子で、五郎とは一寸ばかり離れた先にたたずんでいる。五郎はあからさまな警戒心を抱きながらも、何か正体のわからない、なつかしさのような感覚を覚えていた。
 「ちょっと待て。お前は何者や? ろうそくて何やねんな」
 声はうわずっていたかもしれない。しかし五郎は、その声がこの空間に反響しないことを意外に思った。子供は特に表情に変化を見せない。もっとも、あたりはぼんやりとした闇に包まれて、顔の様子ははっきりしないのだが。
 「おじちゃんの残りの人生だよ。ほら、よく漫画やドラマであるじゃない。この蝋燭の火がおじちゃんの寿命。それがあと3日ほどしかないってわけ。」
 さすがに五郎は愕然とした。真実の真否を判断する前に、その子供の放った言葉がある種の説得力を帯びていたことが、何より五郎の思考を縛りつけた。

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