普通、耳が聞こえないので、目を隠されると尋常ではない恐怖を覚えるが、この手は暖かい。
しばらくすると、それが解けて、視界にカズヒロが見えた。
「…どうして…」
カズヒロは手話をしかけたが、
…いいや。普通に接する方が、アキの心を傷つけずに済む。と思い、やめた。
…しばらく2人で、川の流れ、そして見渡す限り何もない街並を見つめた。
カズヒロとアキは、お互いの手を握りあって、キスをした。
…これが出会って最初のキスだ。…でも、これが最後となりそうだ。
何も言わずに、カズヒロとアキはキスをした。
フレンチ…キス。甘酸っぱい青春の1ページ。
キスをした後のカズヒロは、照れて私を見てくれない。
でも、幸せそうに見えた。
…3月。
…卒業式。
先輩の代の卒業式とはいえ、カズヒロは1番大切な人を失う日。
カズヒロとアキの恋が…終わる日。
一方アキは、今日づけでこの学校をやめる…。
しかしまだ、その気持ちだけで、入学の書類は出していない。
『好きなら好きって、ちゃんと言う』
好き…か。
アキもカズヒロの思い出に、1つずつ浸っていた。
在校生代表挨拶。それになんと、カズヒロが呼ばれた。
カズヒロ…?アキは少し笑ってしまう。
テンパらないかな…なんて「3年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。」
3年生に向かって言ってるので、アキには何を言ってるのか分からない。
「この日を最後に、先輩方は、それぞれの進路へと向かって、別々に歩み始めます。」
…淡々と喋っているようだ。
「しかし…」
…しかし?
「俺も、この日を境に、大切な人と別れなければなりません…。」
「え?」
「どう言う事?」
在校生が騒ついた。
アキも、空気が変わったことを肌で感じた。
カズヒロはくるりとアキの方、在校生側を向いた。
手話を…使うようだ。手が動いた。
「それは…東条アキさん。」
体育館内が更に騒ついた。
「アキは、耳が聞こえないため、ろう学校へ入学すると、本人から聞きました。」
『カズヒロ…』
「俺も、アキの意志を大切にして、この日まで過ごしました。」
アキの心に、一言一言、染み渡っていく。
「でも…本当は…転校してほしくない…。」
カズヒロの目に、涙。
「アキは、俺が1番大切にしたい人だから。」
『…。』
「俺、アキが好きだもん!もっと…一緒にいたい!だから…。」
カズヒロはアキのもとへ駆け寄り、アキをステージにひっぱりだして、
「行かないで欲しい。」
…卒業式を打ち壊しているのは十分に分かってる。
ただ、この気持ちは伝えたかった。
「俺の側に居てほしい。」
…いてほしい…。
「入学届…出してないって…アツコ叔母さんから、こっそり聞いた。」
『えっ…。』
アキは一瞬驚くも、カズヒロの気持ちに答えた。
『分かった。』
「サンキュー。」
在校生からは、はち切れんばかりの歓声。
…アキとカズヒロ。
2人は、誰にも邪魔されることなく結ばれた。
まさか、こんなサプライズをしてくれたなんて。
…がんばったで賞には、続きがあります。
その続きは今、私一人で見ていません。
大切な人と一緒に見ています。
同じ場所で。
2人は、永遠に結ばれました。