今を遡る事五十年前。
朱鷺子は、亡き夫征一朗と結婚したばかりの、あどけなさを残した19歳であった。
どう?
「まだ痛む?」
心配そうに覗きこんだのは征一朗の母。
無言で首を振る息子を見て
そ
とまたカーテンの向こへ引っ込んだ。
う
「・・、った・・。」
ベッドでうずくまる新妻の手を、征一朗は優しく包む。
ぎ
と握り返されたその強さで、痛みがどれ程のものか知れた。
朱鷺子は妊娠4ヶ月。異変に気付いたのは3日前。
あら・・
「・・・、ねぇ、征一朗さん。征一朗さん、起きて下さい。なんだかお腹が変なんです。」
う、ん
「・・・え?何だい?」
征一朗は寝ぼけ眼を擦りながら、枕元の灯りを付けた。
まだはっきりとしない視力で妻を見ると、額に汗を浮かべいつも白い肌はその色を無くしている。
これは
「っ大変だ。」
征一朗は、
が
とはね起き、急ぎ産婆を呼びに行かせた。
どうだ?
「清さん。」
産婆は無言で首を振る。征一朗は朱鷺子を残して産婆と共に部屋を出た。
征さん
「ここ2・3日がやまやね。あのお腹の固さやったら、下手したら子供の方はもう・・・。」
産婆は一呼吸おいてから、
とにかく、
「何とか、大きい病院に運んで見てもらうのが一番やわ。」
この産婆は征一朗、そして朱鷺子をも取りあげた近所でも有名な産婆で、70を越えた今でも腰ひとつ曲がらず、多いときなどは1日に10人もとりあげる。
征一朗も朱鷺子もこの産婆には絶対的な信頼をよせていた。
その産婆の薦めもあって、すぐに朱鷺子を病院へ運んだ。