5)
客が、ジワジワと増えて私は止まり木を立った。
BARを出るとネオンの周りに羽虫が群れていた。
小さな羽虫は何を求めて僅かな灯りに集まるのだろうそんな事を漫然と考えていると不意に肩を叩かれた。
『制服のままで目立ってたよアンタ』
愛梨がギターケースを抱えて微笑んだ。
『愛梨さん。感動しました。言葉に出来ない感情が溢れて私…』
『泣いてたね』
『何だか全てが嘘に思えて信じるものを無くしたと言うか。元々、そんなもの無かったのかも知れないけど。とにかく愛梨さんのギターを聴いた瞬間何か抑えつけてたものが溢れ出して…あの…本当に感動しました』
『まぁ…歩こうよ』
私の言葉を遮り愛梨が歩き出す。
その後に続く私。
昼間に走り抜けた繁華街をとって返す。
暫く無言で歩き続けた。
沈黙を破ったのは愛梨だった。
『腹減らない?』
愛梨が私を見て微笑んだ。
『空いた』
私が答えると愛梨が突然右手を差し出す。
掌には500円玉が一枚。
『こいつで何か喰えるところ知らないかな?』
無垢な笑顔で問い掛ける愛梨に今まで誰にも感じた事が無い感情を感じた。
『私、奢ります。お金持ちなんです今日だけね』
『ラッキー、んじゃこの先にある拉麺屋!餃子が旨いのよって、奢って貰うのに勝手に決めちゃ駄目か。でも、そこで良いかな?』
私を覗き込む愛梨が可笑しくて私は吹き出した。
唐突に侵入した舌先が、口内の粘膜を刺激する。
強すぎず、弱すぎず、敏感な場所をピンポイントで刺激する。
決して、経験が浅い訳では無かった。
寧ろ、豊富すぎる経験が邪魔して純粋な感覚を忘れているとさえ思っていた。
間違いだった。
目を閉じるとホワイトアウトした思考と溶ける様な感覚が脱力感を誘う。
腰から砕けて愛梨に寄り掛かった。
『ごめん』
悪ぶれるでも開き直るでも無く、初めて見た時と同じ真っ直ぐな視線が私だけに注がれる。
『…』
衝撃的な出来事と
快感の淡い余韻で言葉が出ない。
私は必死に首を左右に振った。
『私、女の子が好きなんだ。おかしいでしょ?』
愛梨が街灯を見詰めて微笑む。
きっと、心から溢れる言葉なのだろう。
その言葉が私の内側に違和感もなく浸透する。
繁華街の入り口近くにある公園。
まだ深夜でも無いので人通りも多い。
その公園のベンチに腰掛け独白する赤い髪の少女と普通を絵に描いた様な私。
通り過ぎる人達が異物を叱責するかの様に私達を見詰めた。
『今日は、ありがとう。拉麺美味しかった。そして、ごめん。また、気が向いたら店に来てよ』
愛梨が、立ち上がり言いたい事だけ告げて歩いていく。
『わ…私…』
私はその後の言葉を捜し切れずに愛梨の背中を見詰め続けた。