高校に入る前ぐらいまで、僕はよく金縛りにあっていた。
眠る前に、「今日は金縛りがきそうだな」ということが、感覚的に察知できるぐらいにまでなっていたのだ。
何かの話で、『金縛りは貞操を失うか、あるいは二十歳を過ぎれば自然となくなる』というのを聞いたことがある。
何が作用したのかはわからないが、今では大学生である僕は、金縛りとは無縁の生活を送っている。
――しかし。
不意にある夜、金縛りにかかってしまうこととなった。
何気ない夜だった。いつもの部屋、いつものベッド。隣りには彼女がいたが、それはその日に限ったことではなかった。それからいつもと変わらない眠気に従い、月並みな眠りに入っていった。
時間の概念がすっぽり抜け落ちているような雰囲気。かと思えば強い遠心力を体に受けているような圧迫感。
――まさに、金縛りにかかったのだった。
僕は急いで対処法を思い出しにかかる。意外にも冷静な頭に、少し驚く。その直後に、そういえばあの頃も頭だけは冷静に働いていたよな、そんなことを思い出す。
とにもかくにも今は金縛り解除、そのためには腹筋に力を込める。体が覚えている、信頼の技だ。
ふんぬっ!!
…あれ?
おかしなことに金縛りが解除されない。
全身に、力が、全く、入らない。こんなことってあっただろうか。
一瞬途方にくれかけた僕は、自分の体の、ほんの一部分が動かせることに気付いた。
――左手の中指だ。
僕は、力の限り左手の中指に意識を集中した。そして粉骨砕身の意気込みで、動かしにかかった。
それからしばらくたって、意識がようやくはっきりする。金縛りが解けたようだ。安堵のため息をつく間もなく、僕は再び、平和の象徴のような眠りに入っていった。
――そして翌日。
目が覚めると、隣りに寝ていた彼女はすっかり起きていて、怪訝な顔で、こちらを見下していた。
訳を聞くと、こういうことだった。
夜中過ぎに、僕の左手の中指が、ものすごい速さで動いていたのだ、と。そしてそれは、ものすごく不気味で怖かったのだ、と。
それ以来、金縛りにはかかっていない。