天使のすむ湖56

雪美  2006-09-16投稿
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香里の意識が戻らないまま、丸二日が過ぎていた。俺は後悔と苦悩の渦の中にいた。時計の音と、点滴のポタポタと言う音だけがしていて、寝不足と重なり、俺はどうして良いのかさえわからないまま、香里の手を握り続けた。

その日は、桜井が見舞いに香里の好きなブルーローズをもって来てくれて、
「一樹、大丈夫か?疲れた顔してるぞーちゃんと食べてるのか。」
と言って、俺にはたこ焼きを差し入れてくれた。
「意識がまだ戻らないんだ、このまま、亡くなるかもしれないと思うと、食欲もないし眠れないんだ。」
既に頭の中は朦朧としている。それでも眠れない、このまま愛する人が遠い存在になるかもしれないのだから・・・
「少しで良いから食べろよ、お前が今度は倒れてしまうぞ、」
桜井はそう言って、たこ焼きを一つ口に入れてくれた。
しかし、味がよくわからないほどだった。
今を大切に、俺は出来ていたのか、無理させたのではないか、そんな答えのない話を、桜井はただうなづきながら聞いてくれた。
「一つだけ俺が言えるとしたら、香里さんは愛する人のそばで幸せの中で死ねるなら本望だと思うんじゃないかなーあくまでも俺の予想だけどな。」
そう桜井は俺を慰めてくれた。そんな優しい言葉さえも耳に届かないほど、身も心も疲れ果てていて、自責の念は消えず、
「俺のせいかな・・・」
「それは違う、お前は誰も叶えられなかった香里さんの夢を実現させた、すごい奴だよ。なかなか出来る事じゃない、もう自分を責めるなー」
桜井は俺の肩を軽く叩いた。
俺ははじめて、肩の力が少し抜けて涙が溢れていた。
「それに香里さんをあんな笑顔に出来たのは、お前なんだから、自信持てよ。」
そう言ってくれたのが、救いだった。
「俺は損な役割だなー」
と桜井は、俺にハンカチを差し出した。
あの祭りや花火を見て感激した笑顔を見られて、よかったのだと、ようやく自分の行動を肯定できた気がした。
奴が帰ると言うので
「ありがとう、少し気持ちが楽になったよ。」
と俺が言うと
「あんまり思いつめるなよ、病気のことは誰のせいでもないんだからな。」
桜井は俺をまっすぐ見てから、帰っていった。
また静寂の長い時が流れていたが、桜井が来る前よりも、少しだけ気持ちは落ち着いていた。俺が最期まで看取る、そう香里に約束したのだから、覚悟を決めて、時を待とうと今は思う。

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