「たまには
悪役も悪くないだろう?」
華北の雪原に建つ
研究所の中。
長い話を終えた
海滝博士は、
自らのことを
そう皮肉った。
分厚い二重窓の外は、
澄んだ大気の下に
延々と白い大地が続く。
鋭く尖る岩山が
天地を分かつ。
「いつもでしょう?」
ずっと聞き手に回っていた
皇鈴は口を開いた。
テーブルの上の
2つのコーヒーカップを
揺るぎない手で
盆の上に移していく。
「君も
言うようになったねえ。」
博士はソファーを立ち、
ゆっくりとした足取りで
窓へ近付いた。
「うふふ、
ドクターのお陰ですわ。」
互いに、
歌うような抑揚の
端々から
笑みがこぼれている。
「光栄に思うべき
なのだろうなあ。」
薄暗い研究所の中、
博士の焦げ茶色の背広は
わずかに
灰色がかって見えた。
窓辺に立った博士は、
心地よい
温度と湿度を保つ
室内の空気が
ひとたび窓へ近付くと、
凍てつく外気に
急速に冷やされていくのを
その肌で感じたに
違いない。
長い間、
振り返らなかった。
――蘇る十年前の記憶。
無論、
皇鈴も、
ドクターミタキが
この旧日本地区の
歴史の教科書に
どう書かれているかは、
知っている。
彼自身の華国への渡航、
その多彩な分野に及ぶ人脈と
華国の豊富な資金援助を
背景にした活発な誘致。
それらが瞬く間に
旧日本地区の
知識層の移住を
完了せしめた。
そして、
彼自身が先頭に立った
徹底的な同化政策。
拒む者は、
教育を受ける機会
そのものを
剥奪された。
勤勉な国民より他に
差したる資源もない
小さな島国から、
その唯一の資源を
奪った科学者。
彼は、
過去に苦楽を伴にした
隣人達の幸福よりも、
未来の自身一人の
身の安全と財産を
とったのだ。
当然、
国を失った者達が、
どのような仕打ちを
受けるのか、
人一倍優れた頭脳を
もつ彼に、
分からなかった
はずがない。
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※ご無沙汰致しております(汗
お初の方は001話から
読んで頂けると光栄です。