Y県の、とある湖での出来事。
その日は午後から、彼女と魚釣りに来ていた。雨が今にも降り出しそうな、湿った空気が辺りに漂う。
我々の他には、友人同士らしい男二人が釣りをしていた。
湖の一部には橋がかかっていて、橋の向こうは山のふもとにつながっている。そのような場所で釣りをした。
それなりの釣果をあげ、我々がそろそろ道具を片付けようとしていた時だった。
「つれルかァー?」
不意に誰かの声が響きわたった。
この時、少なくとも僕は、ひどく不安な感覚を覚えた。
というのも、その声が、あまりに人間離れしていたからである。その声は、老人のしわがれた叫び声に近かった。
僕は瞬間的に恐怖を覚えて、急いで彼女に確認をとる。彼女は言う。たしかに聞こえた、と。
先ほどの男二人も、釣り竿を片手に、明らかに動揺している様子であった。
そして何よりも僕を不安にさせた点、それは…
その声が、山のふもとの雑木林辺りから聞こえてきたことである。
――あの声の主は一体何だったのだろう。