彦星はその老医の気配に気づき、後ろを振り向いた
「象さん先生」
「おぉ、待っておったぞ
ちなみにわしの名は為杉じゃ
くれぐれもお間違えなきよう
ぽっぽっぽっぽ
三千歩」
為杉先生は、織姫スタイルで彦星のくだらない冗談に対して負けず劣らず、お爺さんギャグで返した
白く細長い顔を撫でながら鷹陽な感じで言うのでどういうわけか、僕は感心してしまった
そして、為杉先生はさっそく亀吉のことを話し始めた
亀吉は数千年前に亀がよくかかるといわれる「亀は万年病」にかかり、この病院に入院したという
最初会った時は一人で外来に来てしきりに万年、万年と言っていたという
それは紛れもなく、「亀は万年病」の初期症状だった
そして、亀吉自信から辛いから入院させてくれと言ったそうだ
先生はその時、研修を終えたばかりの新米であったが、これは今は辛くとも入院すればすぐに治る型で完治の可能性がみられると判断し、亀吉の入院を許可したそうだ
その後、先生の判断通り亀吉の病気は順調回復に向かわしめた
しかし、先生があと一週間で入院できると言った日に亀吉は早まる心を抑えられられなかったのか、病院を脱走してしまった
まさに亀の脱走である
いや、海亀の脱走だなと言い、先生はほっほっほと小さく笑った
その笑い顔がなぜか福笑いに似ていた
その笑い顔をまた真顔に戻してから話を続けた
おそらく、亀吉殿はわしよりも年齢の上では長く生きておられるからどうも世知に長けておられるというか、その頃はまだ若輩者であった吾が輩は猫であると見くびったんじゃな
おほっ、ほっ
失礼
まぁ、無理もないと言い、今度は小さく咳払いをした
しかし、先生は再発することをずっと恐れていたそうだ
その間にも為杉先生を嘲笑うかのように亀吉はエリートコースを上り、出世魚ならず出世亀となっていった
亀吉が竜宮城の乙姫様の執事になったことを竜宮城新聞の一面に掲載された頃には、先生の方ももうベテランの域に達して沢山の患者を診察し、知る人ぞ知る名医になっていた
それと、同時期に天界では乙姫様の次に器量が良いと謳われる織姫の病を診させてもらったのだという
この時に、先生の中でどういう因果関係か知らないが今度こそ亀吉の病が再発するのではないかと心配し、先生は毎日配達される竜宮城新聞の一面を欠かさず見ていた