ベースボール・ラプソディ No.63

水無月密 2012-08-26投稿
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 どれくらいの時間をふさぎこんでいたのか、何時しか雪はやみ、気づくと哲哉が傍らに立っていた。


「ようやく雪が降り止んんだな」

 綾乃が立ち去った方向に視線を向ける哲哉が、世間話でもするように話しかけてきた。

「……お前も、俺に野球をやれって言いにきたのか?」


 虚ろな眼の八雲に、哲哉は小さくかぶりをふった。

「俺はただ、小次郎の言葉を伝えにきただけだ」


 顔を上げた八雲に、哲哉は静かに言葉をつづけた。

「全国優勝した後、小次郎が俺に言った言葉だ。
 どんなに強いチームと対戦しても、記憶の中のお前を超える投手とは出会えなかった、打ち取られてわくわくするような投手はいなかった、ってな。
 小次郎はあの時に、お前と正面切って向き合うことを決意したんだろうな」


 哲哉が伝えた言葉には、小次郎の万感の想いが詰まっていた。

 その想いを知った八雲に去来するのは、後悔と自責の念であった。


 その八雲の視界に、ボールをさしだす小さな手がはいりこんできた。

 それは、幼き日の自分自身の姿だった。


『……お前も、野球をやれって言うのかよ』

 無邪気に笑って消えていく過去の自分に、八雲の中でその頃の記憶が甦る。

 ただボールを手にするだけで楽しかった、純粋な想いが。



 まどろみから目覚めるように、意識がはっきりとしていく八雲。

 その八雲に、今度は哲哉が手をさしだした。


「小次郎はお前がマウンドに戻ってくる事を、何よりも望んでいた。
 だが、どうするかはお前の自由だ。
 …どうだ、もし野球をやるのなら、俺とバッテリーを組む気はないか?」


 悲しみを噛み殺し、微笑む哲哉。

 八雲はその手をとり、そして立ち上がった。

 その瞬間から、彼の野球人生のセカンドシーズンが始まったのである。




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