竜宮城に着くと前と同じように、乙姫様直々に僕らを迎えてくれたのである。数日ぶりのことだが、ずいぶんと長い間会っていない気がした。そして、僕から亀吉が体調を崩して病院に入院したことを話した。
すると、乙姫様は別段驚いた素振りを見せず、冷静にそのことは存じていると申した。
「でも、無事に退院できて何よりです。きっと私が亀吉をこき使ったからいけなかったのでしょうね」
「いいえ、私が逃げ出したからいけないのです」
「病院をですか?」
「はい、もう数千年前になりますが」
「では、あなたが私の執事になる前ですね」
「左様に御座います」
「しかし、もっと早く言って下されば…」
「いいえ、いずれにしても乙姫様の執事にさせていただくことを望んでいましたし、その頃は完全に病気が治っていると思いこんでいました
。それから私は、乙姫様の執事であることが何よりの生き甲斐で御座います」
「私としては、そんな風に言ってもらえるなんて、この上なく嬉しい限りでありますが、亀吉の体は自分自身がしっかりと管理しなければならないのですよ。これからはくれぐれも無理をなさらないで下さいね」
亀吉はいつものふざけた感じとは別人のように、真剣な眼差しで大丈夫ですというと突然、乙姫様は何かを思い出したように僕に言った。
「そういえば、浦島様には約束していたことがありましたね。竜宮城巡りのことです」
不意をつかれたようになったが、僕は返事をした。
「あっ、そうでしたね。しかし、まことに残念ですがそのことは遠慮しておきます」
「そうですか、それは三年寝太郎ならず、残念ね太郎ですが、それはまた何故でしょうか?」
僕はまたしても返答に窮した。乙姫様の冗談は亀吉よりも控えめでなかなかイケてるなと思ったが、今はそんなことを考えている暇はなかった。仕方なく、何かを取って付けたような返事をした
「特に、これと言って理由はないのですが、強いて言わしてもらうと、僕は何とか巡りというのが苦手でありまして…えっと、ちょうどあの陸上にあるジェットコースターが苦手なのと同等かと」
自分で言ったくせに何が同等だ。全然、同等でもなんでもないじゃないかと思った。しかし、この後乙姫様から暗い話題を持ちかけられるとは予想していなかったのである。