否、化け物ではない。
生物でさえない。
「あなたが
違和感をおぼえるのは
不可能だった。」
記憶の中の花鼓が
暗い目をあげ、
そして、
涙を浮かべて
笑った。
「MLSの完成は、
第五次元開発計画の
最終目標。」
「海滝が
MLSの開発者なのか。」
俺はあのとき、
花鼓を励ました。
いや、
そうと知らずに、
花鼓に成り代わった
MLSを。
「そういうこと。」
喉の奥まで
吸い込めない空気が、
冷たさだけを
胸へ
送り込んでくる。
相手は
造られたもの。
造ったのは
東洋の鬼才。
冷やされた胸の奥で
不安が
霧のように
沸き起こる。
あのとき、
俺の言葉が、
俺の一挙手一投足が、
MLSに
新たな命を
吹き込んだのか。
霧は
瞬く間に光を遮り、
黒く
染まっていった。
皇鈴と明広を囲む
白い壁や、
焦げ茶色のテーブルや、
はたまた
青年の手が握る
コーヒーカップに描かれた
薄紫の夏草すら、
明広の眼には
写らなくなった。
その眼は、
現実に開いた
小さな裂け目から、
『今』の裏にある
過去を
見ていた。
「海滝先生は
どうしてそんなものを
作ろうとしたの?」
防波堤の上。
寄せては返す波の音。
突き抜けるような青い空。
吹き渡る風。
そして、
真龍が
ぽつぽつと語る真実。
昇りいく太陽が
湿った大気に満ちたが、
花鼓は
しばし暑さを忘れて
真龍の話をきいた。
「そんなものって
自分のことだよ。
そんな言い方しちゃだめ。」
ふくれっ面をした
真龍が、
花鼓の細い手を
折らんばかりに
強く握る。
「いたたたた、ごめん。」
「仕方ないなあ。」
『ごめん』を合図に
真龍が
手を緩める。
昔語りの合間に、
このやりとりが
もう3度は
繰り返されていた。
自分の正体を
受け入れようとする少女と、
姉の思い出を
昇華しようとする少女の
儀式だ。
「あなたを追って
わざわざ
亜国からここまで
来たのよ。」
一昨日、
病院で花鼓を
罵った唇が
今、目の前で笑っている。