「ごめんなさい、私……」
必至に言葉を探しながら切り出した綾乃だったが、上手く言葉を綴れずにいた。
その綾乃に、八雲が無邪気に微笑みかける。
「オレは藤咲に感謝してるぜ」
「……えっ?」
思いがけない言葉に、綾乃はその意味がわからず聞き返した。
「あの時藤咲が突き放してくれなかったら、俺は今でも野球から逃げたままだったかもしれないからな。
だから、藤咲にはすごく感謝しているんだよ」
あの時の想いはつたわっていた。
その事を知った綾乃は、言葉なくただ八雲を見つめていた。
その間にたえられなかったのか、八雲は頭上の葉桜に視線をうつした。
「そういえば、藤咲は今どこの高校に通ってんだ?」
「……聖覧高校だよ」
「そうか、じゃあ次の試合は応援してもらえないな」
少し残念そうに八雲がいうと、綾乃は静かにかぶりをふった。
「対戦相手がどこだろうと、私が応援するのは真壁君がいるチーム。
それは一生変わらないわ」
綾乃の語気に気圧される八雲だったが、すぐに難しい顔をつくるとぽつりつぶやいた。
「そいつは困りましたな……」
その言葉に、華奢な身体を強張らせた綾乃は、置き捨てられた子猫のような目で八雲を見つめた。
「……やっぱり、私なんかが応援するのは迷惑かな?」
「藤咲に応援してもらったら、聖覧野球部だけじゃなく聖覧の男子生徒全てを敵にまわしそうだからな」
「えっ?」
飄々とこたえる八雲に目をぱちくりとさせる綾乃。
「冗談だよ」
あっけらかんとした八雲に、綾乃は堪えきれずにころころと笑い出した。
和んだ空気が二人をつつむ。
だがその時間も、長くは続かなかい。
「仲間達が待ってるからそろそろ行かねぇとな」
「………そうだね」
名残惜しさを噛み殺して綾乃が微笑むと、八雲は小走りで仲間達の後を追った。
その一度も振り返る事のない背中を、綾乃は悲しげに見送っていた。
「どこの高校……か」
うつむきかげんの綾乃は、悲しげにそうつぶやいた。
その刹那である。
「今更どういうつもりだ?」