哲哉の問いに、綾乃は何も答えなかった。
彼女の心情を推し量る術などない哲哉であったが、それでも一つだけは明確に理解していた。
綾乃には、誰よりも八雲のそばにいる資格があるのだと。
「なあ藤咲、迷惑じゃなければ、俺に八雲との仲を修復させてくれないか?」
「……気持ちは嬉しいけど、もう無理だよ」
「どうしてさ、さっきの様子なら八雲だってまだ藤咲に好意をもってるはずさ」
励ますように力説する哲哉をよそに、悲しげに微笑む綾乃はかぶりを振った。
「真壁君は私が通ってる高校すら知らなかった。
今の真壁君にはもう、野球の事以外は何も見えていないんだよ」
そういって、綾乃は視線をおとした。
気の効いた言葉をさがす哲哉だったが、何一つ思い浮かばない。
そのもどかしさに表情を曇らせていた。
「……結城君、地球に恋した月のお話って知ってる?」
哲哉を困らせていることに気づいた綾乃は唐突に話題を変え、蒼天の空に見えるはずのない月をさがした。
「青く輝くこの地球にね、月はずっと昔から想いをよせていたの。
だから月は、闇にとざされた夜の地球を、励ますように優しく照らしてくれる。
…でもね、どんなに月が想いをよせても、太陽の強い光に包まれた昼の地球には、その存在すら気づいてもらえない。
まるで、マウンドで輝き続ける真壁君に憧れた私と同じ」
哲哉に視線をもどした綾乃は、気持ちを整理すべく軽く息を吸い込んだ。
「でもそれは私が選んだ結末。
今はもう、スタンドから真壁君を応援するだけで十分だから」
そういって微笑んだ綾乃はあまりにも切なすぎて、哲哉はただ立ち尽くす事しかできなかった。