「すいません…」
平然と手を挙げる男に、……困ったのは店員の方だ。
一瞬、店内に沈黙が漂う……。
私は事の顛末を観賞するべく、今一度襟を正し、男の次の言葉に耳を澄ませた。
勿論視線は、手にした名もない雑誌に注がれたままで…である。
「…これの下巻がある筈なんだが…取り寄せは出来ますか?」
その下着の“赤い紐”は、男の顔をシンメトリーに二分し、陰部に宛がわれるべく僅かなシルクの生地に、男の鼻はすっぽりと収まっている。
男の目は、そのパンティー越しに掛けられたメガネの奥に、事の他鋭い眼光を放ち、能面のような無表情に、そこだけが、生きた人間の生々しさを危うく露呈する。
「閉ざされた世界の開かれた心…でございますね?
…少々お待ち頂けますか?」
やはり、その若い女従業員の顔は強ばり、焦りの色を浮かべている。
女の意識は、その口角筋が緩められるぎりぎりの限界値に注がれているようだ。
それでも女はたじろぐ事なく、その微笑みは真正面から男を見据えようとしていた。
やがて女は、二機置かれたレジの間を抜け、“プライベートルーム”のロゴの貼られた扉へと足早に消えてゆく。
「ガンバレ!!」
ふざけた女子高生が、店員の背中にチャチャを入れる。
その声に、張り詰めていた店内の空気が俄(にわか)に解かれ、“犯人”の不透明な心中を慮(おもんぱか)る、くぐもった笑い声が、一頻(ひとしき)り店内に伝染する。