何でいきなり組手なんだ?
俺は疑問だった。
しかも、師範代とK先輩の二人だけ
もしかして…俺はかっな想像を巡らせた。
師範の発言を裏付ける為に、お前はやっぱりどうにもならねーんだよ!と思い知らせる為に師範代が仕組んだのではないか…
そんな事を俺は考えた。
道場生全員が壁際に並んだ。
人垣を作ってクッションの代わりをするためだ。
何かの拍子に壁に激突するのを防ぐのだ。
審判は師範自らがつとめた。
互いに礼!
構え!
先輩は無表情だったが何となくいつもとは違うオーラのような物が感じられた。
はじめっ!
師範の号令がかかった刹那、先輩の左ハイキックが師範代のアゴを完璧にとらえた。
ガッ!
あっと思った次の瞬間、先輩はクルリと飛び上がりながらスピンし軸足にしていたかかとを師範代のみぞおちに食い込ませた。
凄まじいバックスピンキックだった。
師範代は壁に飛ばされ立っていた道場生にぶつかり木偶人形のように崩れ落ちた。
誰もが固まった。
師範まてもが。
先輩は十字をきると帯をスルスルと外し畳の上に置いた。
出口で深々頭を下げ先輩は出ていった。
はっとしたように師範が師範代に駆け寄った。
大丈夫かっ!
おいっ!
師範代は吐血した。
救急車が呼ばれ、結局師範代はアゴの複雑骨折と内蔵破裂で長期入院となったらしい…
といいのは、俺は道場をやめたから。
更衣室に先輩の手紙が師範宛てに残されて、今までの感謝と、道場をやめる旨が書かれていたからだ。
先輩がいなければ空手を続ける意味はなかった。
その後俺は大学を卒業し何とか中堅ゼネコンに入社できた。
入社1ヶ月後に異動命令がでて、東京本社から俺の故郷の九州支店へ配属となった。
幸い実家から通える場所だったので、家賃ゼロ、食事洗濯はお袋任せで東京よりは楽だった。
こんな俺でも何とか出世ができ、そこそこの生活が出来るようになった。
結婚もし、子供も三人出来た。
俺は仕事で迷うと決まって先輩の言葉を思い出した。
しのごの言わずにやれっ!
お陰で同期ではどうやら一番の出世頭となった。
先輩が道場を去ってから15年。
また異動命令が出た。
東京本社へ。
妻子は田舎に残し単身赴任。
久しぶりの東京は色々変わっていた。
道場もどこかへ移転していた。