会場を後にした二人は、とある居酒屋で、酒を酌み交わしていた。
「ふーん、幸せなんだね、弘君。良かったじゃない?私も、たまに、弘君のこと、どうしてるかな?って思い出したりしてたよ。」
たまに、…なんて嘘だった。
弘のことが忘れられなくて、無理に新しい彼を紹介してもらったり、一人で酒を飲み明かした日もあった。
「俺のことは良いけど、陽子、結婚しないの?」
弘に会ったら、一番に報告しよう。そう考えていたが、弘の顔を見ているとなぜだか言えなかった。
自分が、今、幸せと言い切れないという思いもあるような気がする。
あの、学生時代の、誰よりも大事にされた懐かしい記憶。そして、精一杯、それに応えようとしていた自分。
今、馴れ合いになりかかっている結婚生活を、彼に堂々と打ち明けることなど、できない。
「うん、なかなか結婚に踏み切る勇気がなくってね。」
(私、何を考えているんだろう?結婚していないと言えば、それで弘の気持ちをとらえることができるっていうの?)
その日は、結局、嘘をついたまま別れることになった。
「何かあったら連絡くれよな。じゃあ、またな。」
陽子は、家に戻ると、ボーッとしていた。
弘から何か特別なパワーをもらった気がしたが、それを夫に気付かれては、いけなかった。
[続く]