今ではかび臭いだけの理科実験室の中に、密やかな楽園があった。
この世界の、片隅に。
夕刻が終わる前の、ひとときに。
秋の叙情に紛れてしまった思い出があった。
永遠とも呼べる刹那があった。
……。
私と貴女は、フラスコの奥底に閉じ込められてしまったよう。
そう言う私を、貴女は鼻で冷たく笑う。
少し、綻んだ貴女の吐息は、ほのかにメンソ\ールの香り。
その、目も眩むような清洌さにむしろ、罪悪を覚えた私は彼女を見つめる。
横を向いた貴女の面差しを、消え去りゆく夏の面影をまとう儚なげ表\情を、私は覗きみる。
そんな貴女は分からないのだろう、と私は思う。
私のことなど。
ここに残される哀れな被害者のことなど。
何もかもを振り切って、綺麗な身のままで、どかか遠くへ行ってしまう貴女。 別れなど、何の意味もないと、うそぶく貴女。
私には、それが、酷く、たまらなく……。
……。
目覚めれば、冬。
冷たいリノリウムの反射光で、我に返った私は一人で立ち尽くしていた。
あの楽園がかつてあった場所の、扉の前に。
でも、主が失なわれたこの場所が私に開かれることはもう、ない。