あらぶる感情にまかせて歩をすすめるノア。
その身体を覆う高密度のオーヴは局所で火花をとばし、際限なしに増大していた。
その様を目の当たりする半次郎は、自分が属するサイレントオーヴが明鏡止水の精神状態で発動するのにたいし、ノアが属するライジングオーヴが対極にある事を理解した。
「……ちゃんと、…感情の起伏を持ち合わせているじゃないですか」
血にまみれた口許をほころばせる半次郎。
その息は絶え絶えで、右胸をつらぬいた銃弾が大量の吐血をともない、半次郎を死の縁へと追いやっていた。
「何故俺まで助けた?
余計な事をしなければ、そんな不様な結果にはならなかったはずだ」
自分を見下ろす段蔵に気づいた半次郎は、その目を静かにとじた。
「…貴方にも死んでほしくなかった。
……ただ、…それだけの事です。」
「それだけの理由で、お前は銃弾の盾になったというのか?」
望めば時代の奔流を歩めるだけの才能をもちながら、躊躇なく他人の為に命を投げ出した半次郎。
その生き方は、本能のまま戦い続ける段蔵には理解できなかった。
問われた半次郎自身、自分の不器用な生き方が可笑しくおもえた。
だが、後悔はない。
結果としてノアと段蔵は無事であり、なにより後藤半次郎が忌の際にみせた笑顔の意味が、ようやく理解できたのだから。
あの時、後藤半次郎がみせた清廉潔白な笑顔を、自分自身が今うかべているのだから。