鈴宮工業戦の翌日、八雲と哲哉の二人は再び球場を訪れていた。
前日とは違いスタンドから試合を観戦する八雲たちの視線の先では、聖覧高校と柳澤高校の試合がおこなわれていた。
聖覧高校と相対する柳澤高校は強豪の一角にあげられており、決して弱い相手ではなかった。
一方の聖覧高校はこの試合でエースの岡村を温存して挑んでおり、勝敗の奇鄒は予断を許さない状態であった。
だが、いざ開戦すると聖覧高校が終始圧倒し、終わってみれば七対二の大差で勝利していた。
刮目してスコアボードを見つめる哲哉は、深いため息をついた後、八雲に視線をうつした。
「初めて見た聖覧野球の感想はどうだい、八雲?」
問われた八雲はベンチに引き上げる選手たちを見つめ、無表情にこたえた。
「よくもまぁ、こんなにも野球のうめぇやつらばかりが集まったもんだ。
けど、聖覧は試合に勝ったっていうのに、なんで誰一人喜んでるやつがいねぇんだ?」
整然と引き上げる選手たちの中に談笑する者はいても、全身で勝利を喜んでいる者はいなかった。
全身全霊を傾けてプレイする八雲にとってその光景は異質であり、理解し難いものであった。
八雲ともに聖覧ナインを見つめる哲哉は、その答えをしっていた。
夏、春と甲子園で連覇した聖覧野球部にとって、常勝こそが彼等の代名詞であり、求められているのは勝利ではなく、より完璧な勝利であることを。
哲哉から説明をうけた八雲は、あらためて聖覧ナインをみた。
「……勝ったり負けたりするからこそ、野球は面白いんじゃねぇか。
なのに、常に勝ちを求められるなんて、俺にはとうてい耐えられねぇよ」
憐憫する八雲の横で哲哉は考えていた。
勝ち負けにこだわらず、ただ純粋に楽しむ為だけに野球をする八雲は、聖覧野球と相容れることはないのだろうと。
それゆえに哲哉は八雲に聖覧高校への進学を進めず、彼自身も誘いをけって橘華高校へと入学したのだから。
だが、その選択の是非については、哲哉は未だ明確な答えをだせずにいた。
八雲を甲子園へ連れていく事を主題に考えた場合、聖覧はあまりにも巨大で、難攻不落の要塞が如き存在なのだから。
「そんじゃ試合も終わったことだし、帰って練習するか」
軽く背伸びをして歩き出す八雲。
その背中を哲哉が呼び止めた。
「まだ用事があるんだ。
もうちょっとだけ付き合えよ」
「?
別にいいけど、何しにさ?」
訝しがる八雲に、哲哉は笑顔でこたえた。
「常に勝つことを求められる、稀代の名将に会いにさ」