ゼシルの前に立つ女、ラングネーナは笑った。
「驚いているのか?」
無理もない。
「あんたが本物だとしたら、とっくの昔に消えてるはずだろ!?」
神話では英雄ラシェイヴに胸を貫かれ、息絶えたとある。
「確かに我はこの胸を貫かれた」
ラングネーナは自分の左胸を指差す。
「しかしな、貫かれたのは肉体ではない。心なのだよ」
「………」
赤くなった顔を見て、分かった。悪魔が人間に恋をしたのだ。
「我はラシェイヴに言った、我と共に生きろと。だが奴はそれを拒んだ。我は悲しみに暮れ、奴の目の前でこの心臓をえぐりだてやったよ。我らの唯一の弱点である心臓をな」
どこか遠くを見つめている。その眼には冷たいほどの悲しみが渦巻いているようだった。
「でも、なんであんたは生きてるんだ?それも、箱の姿になって」
恐れは消えていた。
「我らの種族はな、例え肉体が滅んでも心臓が生きていれば再生することができるのだ。時間はかかるがな」