「よう、人の質問には答える義務があるんじゃないのか?兄ちゃん」
黒いセダンから顔をのぞかせた人物が、助手席に声をかけた後こちらに向き直り、ドスの利いた低音を響かせる。
「うるせえんだよ、馬鹿野郎!俺の邪魔してんじゃねえ!」
ヒステリックにわめいた拉致男は私の口をふさいでいた手を離すと、ポケットからナイフを抜き出していた。
「トーシロが、笑わせるんじゃねえよバカ」
そううそぶいた人物はセダンから離れ、近づいてくる。
半泣き状態で救い主を見た私は、彼が2メートル近い巨漢なのを知った。
逆光のため表情はわからないが、右目が闇に鋭い光を放っているのが見えた。
「っだらぁあっ!」
救い主の腹部へナイフが吸い込まれたように見え、思わず私は両手で顔を覆っていた。
“ばんっ!!”
“ちゃりー…ん”
何かをひっぱたく音がして、私の足元にナイフが転がってきた。
顔から両手を離し、物音のした方角に恐る恐る目をやると、ナイフの男がうつぶせに倒れ、体を痙攣させているのが視野に飛び込んできた。
「えっ、どうなってんのこれ?…」
「もう大丈夫だ。
立てるかな?」
差し出された手にすがり、立ち上がろうとしたが膝に全く力が入らない。
「す、すいません…」
「送っていくよ。
リサ、荷物を運んで」
「ハイ! …ねえパパぁ、ちゃんと手加減した?」
「大丈夫だ、発勁はしてないから。死にはしないさ」
「うふふっ♪いつもそう言うんだから。
はい、お姉さんこれ。 涙拭いてね」
「ありがとう…」
私は、リサと呼ばれた女の子から手渡されたハンカチで顔を拭きながら、救いの神の顔を初めてまともに見た。
「アハハ、俺の方が悪党面してるだろう?」
そう笑う彼は左半面に大きな刀傷があり、左目がなかった。
長い髪の毛を後ろで束ね、黒っぽいスーツ姿が確かにアッチ系の人を連想させた。
いずれにせよ、強烈にインパクトのある容貌である。
「今は堅気だよ」
と彼。