青い空

沢野 砂柚  2006-09-28投稿
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こんな思いをする為に生まれてきたんじゃない。 真っ白な病棟の1番奥にある病室のベッドの壁にもたれて、ぼんやり窓から見える空を見ていた。 今日の空は雲がゆっくり流れる穏やかな朝を迎えた。「看護婦さ〜ん!!」今日もまた、朝からとなりの病室のしわくちゃおばさんの叫び声がナースステーションの前から聞こえてくる。彼女の病名は、精神分裂症。この病棟に来てから15年になるという。彼女の日課は朝から晩まで叫び続ける事。そこに「うるさい!」と、えんぴつで絵を描く事が大好きな絵かきおじいちゃんが叫ぶ。ここ精神科閉鎖病棟では、そんな事が日常茶飯事に起こる。それを見て見ぬ振りをする事も1週間も入院すると慣れてくる。 今日でここに来てちょうど1週間が過ぎようとしていた。朝食、もちろん落ち着いて食べれる訳はない。この食事の時間が1番トラブルが起きる時間なのである。バァン!!安定剤の切れた患者が突然暴れ出す。そして暴れた患者は、『保護室』と呼ばれる鉄製の鍵が3つついた四畳半に布団と簡易トイレしかない独房へと引きづられていく。いつしか私はこの白い病棟を『心の刑務所』と名付けた。そもそも私がここに来た理由は自殺未遂を繰り返した事にある。結婚を前提につきあっていた彼氏に、わずかな貯金とカードを持ち逃げされ、その事実を知った瞬間から明日が見えなくなってしまったのだ。小さな頃から両親と縁の薄かった私にとって、家庭を持つ事は憧れであり、結婚願望は人より強かったのだと思う。だから結婚が決まった時は心の底からうれしかった。けれどそれもまた実現される事なく、1人になった私に残ったものは何もなかった。 日々繰り返されていくカウンセリングの中で徐々に回復しつつあったが、まだ明日をどう生きたらいいかなどわかるはずもなく、開かない窓からゆっくりと流れていく空をぼーっと眺めている日々が続いた。そんなある日『退院決まったよ』担当医からの一言。やっと自由だと思う半面、急に外の世界が怖くなった。『もう一度人生をやり直す事ができるのだろうか?』と不安が拭いきれない。不安なまま迎えた退院当日の朝、絵かきおじいちゃんがろれつの回らない口でこう言った。「がん、はれィ。」その時の目が自分は一生ここからは出られないのだと伝えているようで、私は自分が五体満足に生きている今に感謝した。外の空はとても青く、青く、どこまでも眩しく続いていた。



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