人里から離れた山の中を雪が視界を遮るように吹き荒れている。
その白の世界の中に、ひとつの灰色の狼の群れがいた。数は十匹程度といったところだろう。冬にもなり彼らの餌となる獲物はあまり姿を見せず、何も食べない日が続いていた。仲間がどんどん餓死していくなか、彼らはそれを定めと受け入れるしかなかった。
当然彼らは人という存在を知らなかった。
「おい、なんかいい匂いがしないか」
一匹の狼が言う。だが周りに賛同の声はない。
それを確認したかのようにもう一匹、一回り大きな狼が彼と向き合った。おそらく群れのリーダーであろう。
「本当か?」
狼は小さくうなずいた。他の狼たちはその二匹を見守るように囲み、座って答えを待つ。
しばらく考え、
「わかった、信じよう」
答えた。その答えを聞くと最初に言った狼が先導して他の狼たちが続いた。
しばらく歩き続けると、茶色い毛をした兎が倒れているのが見つかった。もう死んでいるのだろうか、兎はまったく動かない。
兎に駆け寄る狼たちがいるなか、リーダーは立ち止まり近くにいる狼に話しかけた。その狼は最初に匂いを嗅ぎつけた狼だ。
「おい、なんか変じゃないか?」
「何がだ?」
その問い返しに明白な答えを返すことができず、押し黙る。他の狼たちは兎の傍まで行くと振り返り、彼を待った。リーダーが一番最初に食べるというのは、掟だったからだ。
だが彼は、
「いや、俺はいい。お前らで食べてくれ」
そう言った。それを聞いた仲間はどうするかと互いに問う形で顔を見合わせる。
そして一匹が食べ始めるとそれに続いて他の狼も食べ始める。
彼はその様子を見守った後、まったく違う方向を向いた。
その先から嫌な予感がしてくる。
「なんか臭わないか?」
彼を心配してか、獲物に目もくれず傍にい続けていた狼が返す。
「肉の匂いか?」
「いや、違う」
怪訝そうな顔で狼は鼻を動かし、辺りの臭いを嗅いだ。だが彼の鼻には獲物以外の臭いは入ってこない。
「何もしないが」
「そうか……」
傍の狼に顔を向けず、生い茂る木々の奥を見つめたまま答えた。雪は降り続いていたため、あまり奥まではっきりとは見えない。