一匹の狼 ?

黒田 仁  2006-09-29投稿
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 気のせいかとも思った。だが臭いは次第に強くなっていく感じがある。
 臭いが強くなるにつれ答えが見つかりそうな気がした。
 何かが焼けるような、その臭いの答えが。
「気のせいだろ」
 先ほどまで傍にいた狼が言い、仲間の下へと歩み寄る。
 その時、彼が見続けていた木々の奥で何かが数発光を見せた。
「戻れ!」
 叫びは銃声にかき消された。銃声と共に仲間は次々と撃たれ、吹き飛ぶ。
 彼は身を翻しその場を離れようとした。だが左足に弾丸を食らってしまい、体が崩れそうになる。他の足で体を支え、左足を引きずって駆け抜けた。
 しばらく走り続け、後ろを振り向いたが誰もいない。足を止め息を整えるとその場に座り込み、足から流れる血を舌で舐める。痛みのせいだろうか、微かに震えているのがわかる。
 顔を上げ、先ほどまでいた方を数秒眺める。そして体を起こし、その場へと歩き始めた。
 時間をかけてたどり着いたその場には仲間たちがいた。だが誰もいなかった。
 皆死んでしまっていたのだから。
 ある者は胸から大量の血を流し、ある者は頭蓋骨を吹き飛ばし、白い地面に赤い模様をつけながら横たわっている。
「おい、起きろよ」
 彼はその中の一匹に駆け寄り、話かけた。だが返事は返ってこない。
「なあ、起きてくれよ」
 言葉は空を切り、山の奥へと消えていく。生暖かい液体が彼の頬を流れる。初めて流れた涙。両親が死んだ時も、仲間が餓死した時も、今まではそれを仕方のないこと
だと思って受け止めてきた。
 だが、この出来事をそんな風に受け止めることができなかった。今までにない、大切な物を無理やり奪われた気持ちが心中に響き続けている。
 彼は吠えた。
 空に向かい、仲間が戻ってくると信じて。
 彼は吠えた。
 憎しみと悲しみを風に乗せて。
 彼は吠えた。
 足の痛みを堪えながら、仲間に捧げるように。
 彼の左足から流れ続ける血は雪を赤く染め上げる。それもまた時間と共に雪が覆い、消していった。



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