「…おじ…ちゃ…ん」
何者かの声がする。
「ねぇ、おじちゃんってば」
聞き覚えのある声に、五郎は安堵のため息をもらす。
――しかし、ここはどこだ?
「おじちゃん、今までお疲れさま。おじちゃんはもう死んだんだよ」
突然の自分の不報に、五郎は困惑せざるを得なかった。
「ちょ、待て。おまえ、前にも俺の夢に出てきた小僧やろ。 俺が死んだって…まだ寿命は残ってるはずやぞ…?」
「目安だよ」子供の声が微かに反響する。
「つまり、あの時点では確かに3日後に死ぬ予定だったんだ。急性の心臓発作でね」
「ほな何で…、なんで俺はこんなとこにおんのや?!」
実際、辺りは闇につつまれていた。以前見たような蝋燭の火はおろか、ほんのひとかけの光さえ存在しない闇。
その中では、子供の声が妙に響くだけで、その姿は見えない。
「おじちゃんはね、殺されちゃったんだ」
「?!!」
「毅さんがね、おじちゃんのこと包丁で刺したの。何回も何回も」
もはや五郎は言葉が出ない。
そして、子供の声のトーンが急に落ちる。
「もし自分の命が残りわずかで尽きると知ることができたら―――人間、何をするのが正解なんだろうね」
五郎はゆっくりと首を左右に降った。
違う――自分は間違ってなんかいない。
「種の保存、はたまた子孫繁栄…」
子供の声がみるみる低くなっていく。
「恋い焦がれていた女性、征子さんと交わることで、いわば自分の分身を現世に残す…希望を未来につなげたわけだね。
うん…全てが合意のままに進められればそれでいいよ。でもね」
五郎の着ているシャツが、冷や汗でべとつく。金縛りのように体がこわ張る。
「その夫の気持ちはどうなるの。毅さんの気持ちは?」
五郎は激しい嗚咽をもらした。声にならない声が、辺りに響き渡る。
「知っていたんだね?…何もかも」
五郎はやがて全身の力が抜けたかのように、地面に倒れこんだ。
目を閉じると、あどけない子供の顔が頭に浮かんだ。
少し自分に似ているかも知れないな――。
薄れる意識の片隅で、五郎はそんなことを思った。