蝋燭の火 最終話

けん  2006-09-30投稿
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「…おじ…ちゃ…ん」

 何者かの声がする。

 「ねぇ、おじちゃんってば」

 聞き覚えのある声に、五郎は安堵のため息をもらす。

 ――しかし、ここはどこだ?


 「おじちゃん、今までお疲れさま。おじちゃんはもう死んだんだよ」

突然の自分の不報に、五郎は困惑せざるを得なかった。
 「ちょ、待て。おまえ、前にも俺の夢に出てきた小僧やろ。 俺が死んだって…まだ寿命は残ってるはずやぞ…?」

 「目安だよ」子供の声が微かに反響する。
 「つまり、あの時点では確かに3日後に死ぬ予定だったんだ。急性の心臓発作でね」

「ほな何で…、なんで俺はこんなとこにおんのや?!」 

 実際、辺りは闇につつまれていた。以前見たような蝋燭の火はおろか、ほんのひとかけの光さえ存在しない闇。
 その中では、子供の声が妙に響くだけで、その姿は見えない。

 「おじちゃんはね、殺されちゃったんだ」

 「?!!」

 「毅さんがね、おじちゃんのこと包丁で刺したの。何回も何回も」

 もはや五郎は言葉が出ない。
 そして、子供の声のトーンが急に落ちる。

 「もし自分の命が残りわずかで尽きると知ることができたら―――人間、何をするのが正解なんだろうね」

 五郎はゆっくりと首を左右に降った。

 違う――自分は間違ってなんかいない。

「種の保存、はたまた子孫繁栄…」
 子供の声がみるみる低くなっていく。

 「恋い焦がれていた女性、征子さんと交わることで、いわば自分の分身を現世に残す…希望を未来につなげたわけだね。
 うん…全てが合意のままに進められればそれでいいよ。でもね」

五郎の着ているシャツが、冷や汗でべとつく。金縛りのように体がこわ張る。

 「その夫の気持ちはどうなるの。毅さんの気持ちは?」

五郎は激しい嗚咽をもらした。声にならない声が、辺りに響き渡る。

 「知っていたんだね?…何もかも」

 五郎はやがて全身の力が抜けたかのように、地面に倒れこんだ。

 目を閉じると、あどけない子供の顔が頭に浮かんだ。
少し自分に似ているかも知れないな――。

薄れる意識の片隅で、五郎はそんなことを思った。



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