夜の11時ごろ。
ようやく僕は帰路に着く。
間もなく、マフラーの調子が悪いヴィヴィオの音が、アパートの駐車場に響き渡る。
そしていつもの要領で、スムースに駐車する。
エンジンを切ると、マフラー音とカーステの音楽がぷつりと途切れる。
代わりに別な音が耳を支配する。空気中の無数の粒子がこすれ合うような音。すなわち、深い静寂の音である。
僕は少し暗い気分になり、ゆっくりとドアを開け、車を降りる。
ふとそこから、自分の部屋を見上げる。
部屋の中がぼんやりと明るい。
わかりきっている、どうせ水槽の照明がついているんだろ――。
でも…
あれは何だ?
外出する前に戸締まりはしたはずだが――。
そこには、人影がすーっとのびていたのだ。
僕は一体どうしたものかと、その場に立ちすくんだ。
しかし、部屋に入らずにどこへ行けと言うのだ。家へ帰らねば。
そう決心し、玄関を目指し、裏手に回った。
実際のところ、僕は疲れていた。早く部屋に戻り、ゆっくりとくつろぎたかった。
部屋の前までくると、キッチン横の小窓からも少し光が漏れていた。
かまわず僕は鍵を差し込み、ドアをゆっくりと開ける。
キッチンを抜けて部屋に入ると、水槽の中の熱帯魚が、優雅に泳いでいた。
――誰もいない?
その時、何者かが僕の肩に手を置く。
びっくりする暇もなく、反射的に僕は振り向いた。
――誰もいない。まただ。
わけのわからないまま、僕はそのままシャワーへと向かう。
その夜はやはりひどく疲れていたので、そのまま眠ることにした。
あっさりと僕は眠りについた。
時々僕は、あの夜の出来事について考える。
あれは特別なものだったのだ、と。
おそらくは、僕の生みだした幻想なのだ、と。
あの夜、僕はひどく疲れていた。 そこにネガティブな思考が手伝い、実際にあるはずのないものを感覚としてとらえてしまったのだろう。
そのように結論づけないと、やっていけない。
あのアパートのあの部屋で、まだ当分暮らしていくつもりなのだから――。