ハリスタリス(4)『運命の月光祭?』

海希  2006-10-05投稿
閲覧数[240] 良い投票[0] 悪い投票[0]

「母さん!衣装がないッ!」ダダダッと勢いよく階段を駆け降り、二階から降りてきたミーシャは、開口一番そう叫んだ。するとすかさず母の怒号がとぶ。
「バカだねこの子は!昨日自分で居間の長椅子に置いてただろう!」
はっとした顔をして「あっ!そうだった!」と叫んだ娘・ミーシャの母アニーは、極端に慌て者の娘の行く末を想って、深いふかい溜め息をついた。しかしそれも束の間、居間の時計を見ると午前11時を指している。確か本番前の通し練習開始が11時半。あと30分しかない。(あの調子では、ミーシャは時間が迫っていることに絶対気付いてないだろう。)そう思ったアニーは再び娘に向かって容赦ない怒鳴り声をあげた。…もちろんそれも娘を心配する親心ゆえ。
「ミィーシャッ!早くおし!あと30分で本番前の通し練習だよ!長がいなけりゃ話にならないんだから!…あぁもう。化粧もできてないじゃないか…!」
ろくに支度も出来ていない娘を見て、アニーはめまいがした。我が娘ながら、こんな子が舞姫の長に選ばれるなんて…。やはり間違っているのではないか、という気さえしてきた。

しかし当の娘は、そんな母の心配にちっとも気付かず、「化粧は本番前にやるの!汗かいたら落ちちゃうから!」と堂々と宣った。
さすがにアニーももう何も言う気になれず、娘に全て任せることにした。
「好きにしな。緊張するのは分かるけど…ミーシャ、絶対にヘマだけは…」
本気で心配そうな声色の母にミーシャは笑顔で応えた。
「大丈夫。分かってるよ母さん。」
するとアニーはミーシャの表情を見て、急に顔を曇らせた。そして。
「…ミーシャ。」
衣装に着替えていたミーシャは、名を呼ばれて反射的に返事をした。
「ん?何?」
「…許しておくれ…。私は…お前をちゃんと…育ててやれなかった…。」
それはミーシャにとって初めて聞く、弱々しくかすれた母の声だった。いつもの母からは考えられないほど弱々しく、悲しい声。
ミーシャはゆっくりと瞠目し、しかしすぐに元の表情に戻った。それからゆったりと微笑む。
「…いいよ。そのおかげでこうして舞姫の長になれたんだから…。私、幸せだよ。」
娘の心からの言葉に、母アニーは微かに頷き、静かに、消えそうな声で娘の名を呼んだ。娘の本当の名を。

「……──ミュシャ…。」


i-mobile
i-mobile

投票

良い投票 悪い投票

感想投稿



感想


「 海希 」さんの小説

もっと見る

ファンタジーの新着小説

もっと見る

[PR]


▲ページトップ