九月の風が、私は好きだ。
優しさと冷たさを両方持っている。
そして、私を寂しくさせる。何故か、九月の風はそんな風だった。
平日という事もあって、動物園は空いていた。私は、この寂れた地元の動物園が何故か好きだった。
それはもう小さい頃からだったからどれくらい前からなのか忘れた。
いつも悲しいことがある度、母が連れて来てくれた。
私のおまじないのようなものだった。
父と離婚した時も始めて好きな人に降られた時もテストでいい点を取れなかった時も…母が死んでしまった時も。
私は、この小さな地元の動物園に来た。
「思い出でもあるんですか？」
不意に彼が私に聞いてきた。
「たくさん」
私は、一言だけ返した。それだけで彼には全てが伝わるような気がした。
伝わらなくても、伝わったような気がした。
「そうですか」そう言って、彼は少し優しく微笑んだ。
私は、なぜだかそれだけで充分だった。
私達は、それから一言も言葉を交わさないまま動物を見た。
それでも、見たい動物の前ではお互い何も言わないでも同じ時間立ち止まっていた。
その時間は、今まで人と過ごした中で一番心地の良い時間だった。
日が傾き、閉園を告げるアナウンスが流れた。
九月の風は、やっぱりどこか切なさを感じさせるものだった。
「そろそろ、帰ろうか」
私は、ようやく声をかけた。
「そうですね」
彼も笑顔で答えた。
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