迷路

けん  2006-10-07投稿
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 俺は迷路に入り込んでしまったようだ。
 メタファーとしてではなく、おそらく本物の迷路に。

 右、左、右、右、左…

 いくら進んでも同じ壁面が目に飛び込んでくる。

 参ったな…
 早くここから出なくては。

 そもそも、一体ここはどこなんだ?

 色いろ思考を巡らせながらも、歩を進めていく。

 左、右、左、左、右…

 ――何か聞こえる。

 先のほうで、何者かの声がする。
 どうやら人の声らしい。
 それも、何人かいるようだ。

 突き当たりをそのまま左に折れると、そこはちょっとした広場になっていた。
 俺は立ち止まり、柱の影から中の様子をうかがう。

 「いいから早く教えろよ!」

 男が老人の胸ぐらをつかみ、怒鳴っている。
 「どうやってここから出るんだ!!」

 かなりの高齢に見えるその老人は、苦しそうに口を開く。

 「お前さんたちには…無理じゃろうて」

 男の隣りには女がいた。
 今にも泣きだしそうな顔をしている。

 「ふざけんなじいさん!何か知ってるんだろうが!」

 男は不意に目線を落とした。

 「へへ、ちょうど空腹で死にそうだったんだよ!」

 「な、なにをするんじゃ…!」

 男は老人のふところにあった、パン切れを乱暴に奪い取る。
突き飛ばされた老人は地面に倒れ込んだ。

 「もうお前に用はねぇ。行くぞ、千鶴子」

 その瞬間、女が男の胸をめがけてナイフを突き刺した。

 「千…鶴子…おま…え…ごぼっ!!」

 あっという間に血が地面に広がっていく。
大量の返り血をあびた女が、静かにつぶやく。

 「あなたが憎くて憎くてしょうがなかった。前から殺してやりたいと思ってたのよ」

 その時、女がふとこちらに気付く。

 「誰かいるの?!」

 俺は体を反転させ、急いで来た道を逃げた。
 逃げなければ殺される…
 直感でそう思った。

 右、左、左、右、右…

 左左右右右左右左…

 どれだけ時間が過ぎたかわからない。
ようやく辿り着いた場所は、さっきの広場であった。

 そこには血まみれの死体があるだけで、女と老人の姿はなかった。


続く



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