俺は迷路に入り込んでしまったようだ。
メタファーとしてではなく、おそらく本物の迷路に。
右、左、右、右、左…
いくら進んでも同じ壁面が目に飛び込んでくる。
参ったな…
早くここから出なくては。
そもそも、一体ここはどこなんだ?
色いろ思考を巡らせながらも、歩を進めていく。
左、右、左、左、右…
――何か聞こえる。
先のほうで、何者かの声がする。
どうやら人の声らしい。
それも、何人かいるようだ。
突き当たりをそのまま左に折れると、そこはちょっとした広場になっていた。
俺は立ち止まり、柱の影から中の様子をうかがう。
「いいから早く教えろよ!」
男が老人の胸ぐらをつかみ、怒鳴っている。
「どうやってここから出るんだ!!」
かなりの高齢に見えるその老人は、苦しそうに口を開く。
「お前さんたちには…無理じゃろうて」
男の隣りには女がいた。
今にも泣きだしそうな顔をしている。
「ふざけんなじいさん!何か知ってるんだろうが!」
男は不意に目線を落とした。
「へへ、ちょうど空腹で死にそうだったんだよ!」
「な、なにをするんじゃ…!」
男は老人のふところにあった、パン切れを乱暴に奪い取る。
突き飛ばされた老人は地面に倒れ込んだ。
「もうお前に用はねぇ。行くぞ、千鶴子」
その瞬間、女が男の胸をめがけてナイフを突き刺した。
「千…鶴子…おま…え…ごぼっ!!」
あっという間に血が地面に広がっていく。
大量の返り血をあびた女が、静かにつぶやく。
「あなたが憎くて憎くてしょうがなかった。前から殺してやりたいと思ってたのよ」
その時、女がふとこちらに気付く。
「誰かいるの?!」
俺は体を反転させ、急いで来た道を逃げた。
逃げなければ殺される…
直感でそう思った。
右、左、左、右、右…
左左右右右左右左…
どれだけ時間が過ぎたかわからない。
ようやく辿り着いた場所は、さっきの広場であった。
そこには血まみれの死体があるだけで、女と老人の姿はなかった。
続く