それは今、彼女の目の前にいた男のノドを貫いていた。「ここで逃げ帰っても私は死ぬんです。一人しか殺してはいけないという言いつけを破ってしまいましたから、依頼主様に殺されるのです」そう話す杞李を残った四人は冷ややかな目で見る。
「だから、ここのまま下らなく終わってしまうのなら――」
杞李は刀を引き抜いて手中に収め、悲痛な表情で、殺意を込めた視線で、言い放った。
「道連れです。あなた達を皆殺しにします」
彼女は今までと比べ物にならない速さで刀を振るった。
「…終わった…」
彼女は震える体を叱咤して、刀の血を拭き取ってから鞘に納めた。
「…かはッ…」
息苦しそうな声が部屋中に木霊した。黒い洋服ながらに、杞李の体が真っ赤に汚れている事が分かる。まだ息をしている最後の一人はその様子を見て、静かに笑った。
「クハハハ…!こんな狂った小娘一人にやられるとは…情けない!」杞李は自身の事を言われたのだと気付き、疑問を持つ。「狂っている…?」腑に落ちない表情の杞李を、男はまた面白そうに笑いとばす。
「その震えは恐怖からくるものではない。――殺戮狂が感じる、喜びからの産物だ…!」そう皮肉った声に、杞李は言葉を返さない。自身、その言い分に納得してしまったのだ。「…私は人の顔を覚えることができません。だから、せめて名前をお聞きしたい」そう淡々と言った杞李。やはりそうかだったかと、死ぬ間際の男は間違いなく、嬉しそうに答えた。
「峯だ。本物の焚洲峯。焚洲家当主の後継者候補だった者だ。不本意にも、何の事情も知らない小娘に殺された、焚洲家の恥さらしだ…」
杞李はその声から晴れ晴れとした感情を読み取る。峯と名乗った男は、杞李にも尋ねた。「お前は誰の命で私を殺しにきた?今更依頼主様でもないだろう」促された杞李は一言だけ呟いた。
「焚洲、殊深」峯の体が強張った。声に、陰りが差す。
「…参ったな…聞かなきゃ良かった…」そう言うとゴロリと彼は転がり、杞李に背を向けた。
「悔いが…残っ…た…」
それから数分しても、峯は身動き一つとらなかった。