だまされていると思ったのは、12月になったばかりの月曜のことだ。医者だという彼が勤務する病院は、この地域では最高の規模の大きな病院だ。不規則にしか会えない寂しさから、私は彼の病院を訪ねてみた。内科だって言っていたけれど、内科だけでも循環器内科、呼吸器内科、内分泌内科って、他にもたくさんあって、その上、それぞれにたくさんの医者がいて、結局彼がどこにいるのか分からなかった。看護婦さんにでも聞いてみようかと思ったけれど、彼に迷惑かと思って聞けなかった。あきらめて帰ろうかと思った大きな待ち合い室で、私は少し離れた廊下を正面口へと歩いていく彼を見た。見間違えるはずなんてない。だけど、私が、とっさに声を掛けられなかったのは、大きな声を出すわけにはいかないし、そして何よりも、彼がいつもの彼とは違って見えたからだ。白衣姿がまぶしかったわけじゃない。白衣は着ていなかったから。いつもはあんなに身だしなみにうるさい彼が、髪を乱し、くずれた服装で足早に通りすぎて行った。夜の当直明けだろうか。追いかけてみたけど、すでに姿は見えなくって捕まえられなかった。次のデートの日に私は、彼に話してみた。
「おとといは、当直御苦労様。」
「ん。」
「私、当直明けに帰るところみたの。」
「どこで。」
「病院の待ち合い室。」
「俺をつけたのか。」
彼は、明らかに苛立っていた。少し疑ってはいたけれど、やっぱり他に彼女か奥さんがいるんだ。そう思った。
「つけたんじゃないけど、ごめんなさい。もう行かないから。」
彼は、何も言わなかった。
帰り際、次の約束はないと思った。
「来週の火曜日、いつものところで会えるかな。」
いつもと変わらないはずの笑顔をつくって、私は彼にその日の別れを告げた。