「行ってきます…。」
玄関をでる由希子の声には、まるで生気がなかった。
由希子は高校一年生。
父親はいない。
母親もいない。
十年前の出来事以来、由希子は両親を失った。
由希子の家族はペットのクロだけ。
クロは無邪気な顔で玄関まで走ってくると、可愛らしい声で、由希子に
「行ってらっしゃい。」
を告げた。
由希子は学校でもひとりぼっちだ。
由希子には表情がない。
あの日以来涙は一滴も流さない。
大きな声も出さない。
きっと無意識の内で、涙を流せば、大声を出せば、大切な人を失うと。
由希子にはもう、失って困るものはないというのに。
由希子は愛していたのだ。
あんな両親でも。
でも、あの家には愛がなかった。
由希子に一番足りないもの。
この世に滅多にない。
純粋な愛。